抜け毛▼[aサロン]誤ったかも・・・でも改めるつもりはない
朝日新聞アスパラクラブ aサロン【大阪・記者発】より
「大助お帰り」に疑問の声
読者から2日で40件
先月24日付夕刊1面で、「大助お帰り 2人で闘病再び舞台」という宮川大助・花子の復活劇を取り上げたカバーストーリーを1面トップにしたところ、2日間で約40件の電話が大阪本社にかかってきました。編集者の仕事は、ほめられるよりも批判されることのほうが多いのは常々ですが、今回は苦情ばかりだったことに少々驚いています。
2月に脳出血で倒れ、リハビリを続けていた大助の近況と晴れ舞台を追った長行の記事が出てきました。リハビリに励む様子が丁寧に描かれ、最終版では復帰舞台での笑えるやりとりも入ってきました。夫婦で支え合い、ともに大病を克服したうえでの舞台です。病気という意味では同じような境遇の人も多いことでしょう。大きく取り上げても共感を得られるのではないかと思いました。夕刊の紙面会議でも異論は出ませんでした。(上司である編集センター長だけは夕刊初版の大刷りを見て「少し疑問」と声をかけています)
この日の1面の左肩は「緑資源理事ら逮捕へ 林道整備談合容疑」という記事でした。こちらをトップにすることもできました。ただ、夕刊では理事らの「逮捕」まではたどりつかない、との情報でした。朝刊で「逮捕」記事が再び載るのは見えています。夕刊の段階から何が何でも緑資源をトップ、とは思いませんでした。この時点でその後2人の自殺者が出ることは、もちろんわかりません。
安全運転で紙面を作るのなら、緑資源をトップにしたうえで、左肩に大助・花子という手もありました。でも潔くありません。作る側としては「新聞は読んでもらえてなんぼ」との気持ちもあります。最も読んで欲しいと思った記事で作る方が自然な選択でした。夕刊は朝刊に比べたら1面の作り方が比較的自由です。芸能の話題に限らず、カバーストーリーがトップを飾ることも珍しくはありません。
しかし、芸能の話題は一部の読者にとって拒絶反応を招きかねないことも事実でした。朝日新聞のニュースを一定の価値判断基準に置いている読者の方にとっては、許し難い事態だったのでしょう。広報部には「夕刊をスポーツ紙のようにするつもりなのか」「ほかにも大切な記事があるでしょう」の声が寄せられました。社会面ならまだしも、1面とは何事か、という考え方だと思います。
編集者として、読者に共感してもらえる紙面を常に目指しています。何をトップにするかは、日々のニュースの事情に左右されます。今回は後から分析すれば扱いを誤ったのかもしれませんが、その時点では素直に作ったものなのです。こうして改めて取り上げたことに対し、異論の声が多いことは覚悟していますが、逃げずに紙面を作っていくつもりです。
以下、アスパラーたちの反応▼
感覚にずれかと心配していました
大助復帰が1面トップだったとは知りませんでした。名古屋印刷を読んでいるからです。わたしは漫才も落語もファン歴50年余。でも、大阪版を観たらたぶん腰を抜かしたでしょう。
大助花子は確かに人気のある芸人ですが、病気になったことも夫婦で病を克服して仕事に復帰したことも、世間にはいっぱいある話です。人気者がやったからそれはニュース価値がある(読者の共感を得られる)と編集者が判断したとしたら、芸能人に対する評価基準の違いというしかないようです。1面トップに読者が一定の価値判断基準を持っているというよりも、編集者が芸能人の私生活と一般人のそれとを別物視しているということに対する読者の違和感が批判になったのではないでしょうか。
わたしは、NHKラジオのニュースが大助復帰を長々と伝えるのをたまたま聴いていましたが、とても違和感を持ちました。ニュースとしての評価が違うんじゃないかという疑問をもったのですが、一方で、60代の自分の感覚が一線で働く人たちとずれてきたのかな、とも思ったことでした。でも朝日へのすべてが批判だったと知ってちょっと安心しました。
投稿者:ふみを 2007年06月13日16時49分
祝大反響
文句であれ、記事をそれも夕刊を読んだ読者の反応と思って下さい。私(東京版エリア)は、夕刊は朝刊よりさらりと読みやることの方が多い。それでも/それだけに、汚職や汚いらしい政治家の金銭問題より余程、良かったと思います。
福島出身ながら関西にもドップリのベテラン記者でも大阪/関西人の芸能に対する感覚が読みとれてなかったということでしょうか。漫才など嫌いなわけがない。しかし、大助さんの一件など、寄席・劇場で直接、観て感じて涙するものだ、デカデカ書くなと、文句にありませんでしたか。
投稿者:え~すな 2007年06月14日05時16分
批判に賛成
いくら関西で発行されていると雖も、朝日はスポーツ新聞や女性週刊誌とは違うんだという位の矜持は持って貰いたい。今や如何に努力しも新聞の読者は減る傾向にあると言われている。だったら、これからは芸能やスポーツ記事しか読まない層は相手にしないという編集方針に替えて特色を出すのもいいのでは。
投稿者:mkk 2007年06月14日09時19分
お笑い大好き。
我が家も大阪版ですが、大花さんが一面だったとは気がつきませんでした。
一面はいつも知識がないと読み解けない政治的なニュースや社会問題が常で、申し訳ないが見出しだけ読んでいたかもしれません。
花月の舞台へ行くとテレビとは違い、本当に袖に行くまでつついっぱい楽しませてくれる関西を代表される芸人さんです。今時の「お笑い芸人」ではなく「漫才師」さんです。プロを感じさせてくれる数少なくなった関西芸人さんだと私個人は仕事ぶりを尊敬してます。
まいどまいど、芸能記事が一面ではスポーツ新聞化かもしれませんが、一般にも関心が高い健康問題ととらえて読んでもよいかもしれませんが、スポーツ新聞とは一線をかくした朝日新聞なりの切り口が記事に反映されていたのでしょうか?
ただただ、バカ騒ぎに終わるような芸能記事は控えて欲しい物です。
週刊誌で十分です。
投稿者:あぽろ 2007年06月14日13時12分
見出しも記事もその社会的な背景の考慮が必要
あるニューを報道するに際して、どの紙面に、どのような見出しにするのかは、新聞社がそのニュース・バリューについて判断した結果のものであって、通信社のようにニュースを羅列するのと異なり、読者に対するサービスだと新聞人が語るのを何度も聞いている。しかしこの場合のように、今ホットな話題の緑資源の問題と1芸能人の話題とでは問題とはどちらにニュース・バリューがあるのかは論外のことであろう。このほかにも納得できない記事の例をあげるが、朝日新聞6月12日の「731部隊長郷里で無料診療」を見出しとした記事は「ある状況下に置かれると…非人間的行為をしてしまうことを示す例だ」と云っているものの、気遣いが表れているという縷々と記述した記事に驚く。この記事は個人的としてヒトラーが跪いてエバ・ブラウンの手にキッスして女性に優しいことを印象づけ、ゲッペルスも如何にも子供を可愛がる家族思い出の人であったことを印象づける記録写真*の類と同列のものではないかと思う。記者も編集者ももう少し歴史を知ってほしい。
* http://en.wikipedia.org/wiki/Goebbels_children
投稿者:ものの見方 2007年06月14日14時39分
いいんじゃないかなあ
確かに読んだ。1面トップであることに何とも思わなかった。
そうかあ、朝日新聞読者ならば、そこで「ん?」と思うべきだったのか。
朝刊なら、「何でや~」と思うでしょうが、夕刊だからいいんじゃない?
そう、夕刊にはあんまり期待してないって言ったらちょっと違うけど、夕刊にはそんなのもありかな、と。
投稿者:びーよらんたん 2007年06月14日16時00分
マスコミのレベル
芸能紙でもあいるまいし、いったい何を考えているのか???。朝日もレベルが落ちたものだ。
また こんな扱い方にマスコミに携わるものと、そうでないものとの乖離を感ずる。
投稿者:しんちゃん 2007年06月14日17時15分
いい記事でした
夕刊は普段から軽い読み物が多いので、十分に許容範囲ではないでしょうか。
いい記事でした。一家の大黒柱が倒れた緊急事態を、家族で乗り越えていった様子が細かく描写されており、引きつけられました。私だっていつ脳出血で倒れるかもしれず、どこの家庭にも起こりうる話を、人気漫才コンビを舞台に取材したのだと理解しました。励まされる話でした。
「芸能マスコミみたいなことをするな」という批判が多かったとのことですが、他の芸能マスコミ(一般紙の芸能担当も含めて)にそんな視点を持って深く取材していた社があったでしょうか。事務所の宣伝を垂れ流すだけの仕事をしている記者には書けない記事だったと思います。
ただ、世の中には「吉本」というだけで拒否反応を示す人も少なからずおり、それが40本の抗議という数字に表れているのかもしれませんね。
投稿者:masao 2007年06月14日19時08分
反響について
反響があることは素晴らしいことと思います、友人とのグループでメールのやり取りをしていますが、自分のメールになんの反応がないと寂しいです、このサロンは活発に発言があり楽しく拝見しています
投稿者:hat321 2007年06月14日19時14分
たまには・・
新聞を見た瞬間「えっ!大助花子ってそんなに大物なの?」と言う思いが頭をよぎりました。朝日もこんなニュースしかないのかしら・・・くらいでした。
まあこんな事もたまには・・・ね。
投稿者:すー 2007年06月14日19時15分
言い訳するな
白紙一票
投稿者:梅雨 2007年06月14日21時30分
「一面トップ」の重み
一昔前のことですが、私は朝日新聞の「一面トップ」に肩書き、氏名入りで記事を書かれ、大いにプライバシーを侵害された経験者です。深夜に遊軍記者から自宅に電話があり、ある情報に関して質問を受けました。私は文字通り「寝耳に水」の話だったので、必死に当方の立場を説明し、面談しようと提案もしましたが、聞き入れて貰えず、「既に輪転機は廻っている」と脅かされ、せめてとコメントだけを入れて貰ったのでした。後日、親しい記者クラブの同社記者に社内事情を聞いたのですが、記者にとって「一面トップ」に自分の記事が載ることはまさに記者冥利に尽きることだと、この実績はその後の出世の一里塚となると。事実、この遊軍記者は見事、直後、地方局長として転勤して行きました。
投稿者:タカ タカ 2007年06月14日21時42分
この記事だけへの批判ではないのでは?
この記事は読んでないけど、多分良い記事なのでしょう。この手の話はそもそも日本人好みの話ですし・・・。
しかし、最近の朝日の記事構成には日ごろから疑問、不満・・・スポーツや芸能ネタが増え、しっかり社会を捉えた論客らしい記事が減少。そもそも私は最近の朝日にがっかりしています。多分、今回の件も日ごろから朝日の変化に少々不満を持っていた方々が、一面に出された今回の記事に切れたってことではないでしょうか?
朝刊はまだしも、夕刊は最近読む記事が少なくて、ほとんど読まなくなっています。唯一読む価値のある面である一面を見たら、芸能記事・・・電話する気持ちがわかります。
もちろん、芸能ネタとして書いているのではなく、人間とは、人生とは、といったテーマで書いているのでしょうから、読んだらとても良い記事となんだろうなと思います。でも、まずは事実と背景をしっかり伝えるジャーナリズムの雄として骨太の記事で勝負してもらいたい、と思うのは私だけではないと思います。
夕刊、本当に読むところ少ないですよ!それと、BEテレビジョンも余計ですね・・・。
投稿者:読んでないけど・・ 2007年06月14日21時56分
やはりクオリティに欠けバツ
他の記事のほうが大事だと思う。
投稿者:一言居士 2007年06月14日22時25分
関西朝日新聞
全国紙なら、トップニュースは、全国統一して出すべきです。芸能ネタは系列の阪神タイガースを中心とした関西の日刊スポーツに任せれば良いと思います。私は、一般紙を見ている筈なのに、スポーツ新聞の芸能欄を見せられているようで不愉快でした。
今回の選択が正しいと主張されるなら、トップにする基準を示して検証すべきです。でも後追いならいくらでも基準を作って満足していると言うかもしれませんね。
最後に、私は新聞の名称を関西朝日新聞に変えることをお勧めします。
投稿者:山ちゃん 2007年06月14日23時07分
一面は「清新溌剌」を
正直、見出しだけで本文には目を通せませんでした。所帯じみた中年夫妻の闘病の成功話と見当をつけてしまい、驚愕や憤怒、感動(感心ではなく)といった要素はないと思えたからです。でも、危険を覚悟のご決断は双手を挙げて歓迎し、力の限りの拍手を厭いません。
重篤としか言いようのない昨今の社会現象の氾濫の中では、現代社会の根幹を穿つ特ダネをとりわけ期待してしまいます。抜いた抜かれたの次元を超えた独走を、朝日に期待しています。巧まざる世直しの起爆剤をいま、最もほしいのです。人間を、科学の時代を、憲法のあり方を根底から見直す材料を、朝日の視座で掘り起こしてほしいです。真っ先に目にする一面は、要するに清新にしてはつらつの気に満ちたものであってほしいです。
投稿者:土筆 2007年06月15日03時02分
書き方の違い
人間ドラマが一面に登場しても、スポ紙とは言えない要素が朝日にはあると常々思っていることを申し添えます。それは、ただ可哀想とか可笑しいでは終わらせない筆致をスポーツ面にも見るからです。
連日とは言えませんが、勝ったかどうかは分かっていて気楽に読むプロ野球の試合結果の中に、選手心理やスタンドでは知り得ないテクニックや駆け引き、選手の精進ぶりが、一点にしぼって克明に書き込まれていることが度々あります。大記者も新人の折に、高校野球の「されど野球」を夢中で取材して書いて来られた経験が、野球を単にゲームと見過ごさない掘り下げの力を培っているのでしょう。社面も経済面も政治面もそうであってほしいが、事件事故の報道とは違って、日常生活に埋没して鈍化する頭を一瞬にして切り替えさせてくれるものであれば、個人の人間ドラマが1面に登場してもよいと思うのです。
投稿者:土筆 2007年06月15日03時25分
朝日も変わらないと・・
東京での掲載でしたらともかく、関西での掲載に批判が多かったとは以外も以外です。東京に住んでいます私からすれば、関西は人情味に溢れた人たちでいっぱい。きっとこの記事を載せることでは、きっと多くの人たちの共感を得られると書いた記者さんも編集の方々も考えられたのは正しかった思います。緑資源の事件だけではなくて、年金問題や介護保険のこと、それにこのところの事件・事故・不祥事には目を覆いたくもなります。こうしたことについての報道ももちろん重要なのには違いありません。でも、人は生きていくためにはいろんなことを新聞から学ぶ必要があるのではないでしょうか。この記事はこうした観点から読めば、良い意味で朝日もちょっとずつ変わっているのかなぁ~なんて思った次第です。
投稿者:まっきー 2007年06月15日06時41分
あきれた思い上がり
朝日新聞まで、若造の考えがそのまま通る無責任組織なのか、と情けなくなりました。
読者の批判に対して、「そんな考えのあるのは分かる。しかし、自分の考えは間違ってないから、改めるつもりはない。」と言っているのです。
まるで、反省などない。 こんな未成熟な若造が紙面を作っているのだと分かって、最近の朝日新聞に時々見られる、中身作りのいい加減さの原因が分かった思いで、真に情けない。
最近というより、大分前からというべきだが、若者の意見を尊重することが大切だ、という考えが妙な形で重んじられ、若者に任せっぱなしと言う組織が多いと感じている。 未熟な若者の意見をそのまま通してどうするのですか! それを吟味し、適切なものは採り入れ、間違ったものは改めさせる、という本当の大人の判断を加えて初めて採用する必要があるのです。
政界、官界、経済界全てにおいても、ただ、若いのに大したものだ、とやたら感心されるものだから、思い上がって好き勝手放題な言動をする若手層(この場合は50歳台までを含む)が多く、真にゆゆしき事態なのです。
これを糾弾し、国民に正しい判断材料を提供するのが、新聞の重大な役割ではないでしょうか? それが、こんな体たらくでは、できるはずがない。
社長か編集長の考えを聞かせてもらいたいところです。
投稿者:小言幸兵衛 2007年06月15日10時20分
大阪版の夕刊スタイル
大阪から東京に移って8年になりますが、大阪にいた当時の夕刊のレイアウトはけっこう大胆な印象を受けていました。これは好みの問題で、大新聞の権威主義的な雰囲気を打破しようという気分を感じる読者も多いかもしれないと思うものの、私には少しピントがずれた読者へのおもねりのように感じられていたことを思い出しました。
新聞づくりには、単純に読者に迎合して売り上げを伸ばす姿勢がよくないことはもちろんですが、高邁な理想をぶつだけで読者からそっぽを向かれてもいけないわけで、常に読者との間合いを計る姿勢が求められていると思います。
今回の件も良い悪いは単純には決めつけられないものの、「新聞は読んでもらえてなんぼ」と言われれば、芸能記事(たとえば藤原さんの結婚式)を一面に載せれば、同じ理屈で共感してくれる人もいるでしょうし、読者の数も増えると思います。あくまで私個人としてはそうなっては欲しくないと思うだけです。
投稿者:KN 2007年06月15日12時04分
洋平ちゃんが書いた!
署名記事だったので歓迎でした 前の方も言われてるように夕刊なんだから 良いのではないかしら?
投稿者:とろろ 2007年06月15日13時20分
どう考えても、一面・トップは変でしょう
同日の一面を見た途端、「おい、こんなんがトップ記事になっとるで」と思わず妻に声をかけていた。
鈴木次長がどう弁明されようと、同紙購読歴40年余の私には納得出来ない、許し難いものであった。(ちなみに私は同紙の他に、某一般紙とスポーツ紙を購読している。敢えて他紙との比較は差し控えるが)。
「一面」と「社説」は「新聞社の顔」であり、根幹をなすものであろことは言を待たない。「いかに夕刊といえども、程度があろう。他に事件は沢山あるのに」・・これが率直な感想であり、「夕刊購読」を止めようとさえ考えた。(結局、購読料が殆ど変わらないので継続中・・ちょっとセコイが)
どうも最近の「朝日」は、朝刊・夕刊とも以前の「切れ味」が少し鈍った気がする。いじめの問題・教育基本法・憲法関連法・イラク派遣法・年金問題等々の報道記事に特にそれを感じるのは、私の取り越し苦労だろうか。
新聞社も営利企業である以上、読者獲得が重要課題であることは充分理解出来るが、そのために「安易な妥協や迎合」はして欲しくない。「権力の監視役」として全幅の信頼を置くからこそ、あえて苦言を呈した次第。
無礼な発言の数々、ご容赦願いたい。
投稿者:みっちゃん 2007年06月15日13時26分
記事を読みたかった
関西から広島へ来て5年です。残念ながら夕刊はないので記事は目にしていません。見ていたらたしかにびっくりするでしょう。でもなんか嬉しいんです。朝日購読歴40年ですがこんな読者もおります。
投稿者:かっちゃり 2007年06月15日15時19分
鈴木次長、もう一度「趣旨説明」をなさっては如何ですか
「大助お帰り」の記事で、えらい事になってますね。私が投稿した時点では10人位だったのが、今では倍以上になっています。同じ趣旨の投稿も数多くありますが、これは時差掲載のため、やむを得ないのでしょうね。
それにしても「違和感」を抱く人が大多数だということは、編集者として「検証と反省の必要あり」という事ではないでしょうか。どなたの投稿も「真摯」で「建設的」だと私は思います。(他人様を批判出来る程、私は偉くはありませんが)。朝日新聞の発展を願っての意見だと確信しています。
この好意に応えるためには、編集者の再度の「趣旨説明」が必要なのではありませんか。これは、決して「読者に迎合」する事にはなりません。「主張すべきは堂々と主張し、反省すべきは謙虚に反省する態度」こそが、編集者(記者)と読者を繋ぐ「命綱」だと信じます。
今の世の中「権力者」の横暴と無責任さが罷り通っています。それを正すのがマスコミ、特に朝日の使命だという誇りを持って、精進されんことを切望しております。
投稿者:みっちゃん 2007年06月15日18時26分
ヤラレター
昔の事件記者などのドラマを見ると、編集長が独断でトップ記事を決めているような印象がありましたが、今回のこの記事からは、1面トップを何にするか等を、皆さんで結構悩み話し合われて決めているということが分かりました。
いずれにしても、毎日の事でそれほど時間があるわけでもない中でのすり合わせ作業をされているというのは、新聞作りというのは大変な仕事だなと、あらためて感じます。
そういうギリギリのところでの努力が、読者にすんなり受け入れられないというところがまた面白い(他人事のようで申し訳ありません)のですが、こういう場(aサロン)で記者の立場、読者の立場がそれぞれ交わせるというのは、また更に面白いことです。
僕はどう感じたか?
記事は読んでいませんが、わりとサプライズが好きなほうで、こっちの思い込みの裏をかかれると、ヤラレターという一種快感を覚えます。
朝日新聞の皆様。頑張ってください。
投稿者:shin 2007年06月15日21時20分
朝日の新聞社としての使命宣言がこれ?
批判のあったコラム掲載の新聞コピーを見るとやはりスポーツ紙?と思ってしまう。
新聞に於ける1面記事の重さからすると今日は余程重要なニュースが無かったんだと思う人が多いのでは。
この種の情報は、テレビのワイドニュース等で散々見せられ、ネットや芸能関係を多く取り上げられている。昨今の民放テレビはお笑いタレント等の芸能人を集めて、クイズや娯楽・お笑い番組ばかり。うんざりしている。せめて全国新聞ぐらいは、この世の中風潮に迎合しないで、きちっとなすべき重責を果たして欲しい。マスコミ全般が政治経済社会への突っ込み方が弱くなってきた(記者のレベルが落ちてきた)ことに大変危機感を持っている人も少なくない。
朝日新聞の宣言は何なの(整合性は?)と考えてしまう。新聞の真の役割を真剣に考えて欲しい。
こうしたニュースの取り上げについてNOと言っているのでなく、取り上げ方に新聞社ならではの高度な配意工夫をして欲しい。
投稿者:凡人 2007年06月21日11時18分
もっと自由に
もっと自由に紙面構成すべきだと思います。型にはまることはない。さらに、報道の公平性中立性の問題が、TBSと楽天の問題等で問われているが、表現の自由もこれにより委縮してないか?公平性を保つために、かつての記者のように辛口の論評、いろいろな試みが必要ではないか。いまの中立性は、記者クラブにたよった、政府主導の中立性?ではないか。牙の抜けた報道は、もういらない。どんな批判も恐れぬ紙面・記事を提供してほしい。
投稿者:ふるいやつ 2007年06月24日11時02分
なぜそこまで「朝日新聞」にこだわる
あいかわらず批判がほとんどですね。
私も、親元を離れた18歳から30年朝日新聞だし好きですよ。
でも、そこまで過剰は期待はしていない。
所詮は、ブル新じゃあないか。
「ブル新」って、懐かしい言い方を久々にしてしまったなあ。
投稿者:びーよらんたん 2007年06月24日11時23分
朝日新聞は変った?
朝日新聞を50年近く愛読していますが、文章も記事も硬い新聞と言う印象を持っていたが、何処かの週刊誌とまで言は無いが最近の週刊朝日の広告(内容の見出し)からしても少し変ってきたのか、と思った。
何時も硬い事ばかりでなくて稀にはにはよいのではないですか?
投稿者:トコさん 2007年06月24日17時30分
時代に順応した記事と思います!
鈴木次長さん、自信を持ってください!
朝日新聞はこうあるべきだとか今までの歴史とか流れとかは、関係ないんじゃないでしょうか?ここまで言うと極端でしょうが、少なくとも変化する時代の流れと共に新聞編集も今までと違った切り口が出てきて当然だと思うし、今回の芸能まがい?の一面トップもとてもいいと思います。そもそも伝える側と受け取る側には決定的な立場の違いがあり、万人に受け入れられる新聞を作成することは不可能なのですから、こういったことが間違いとか適切でないとか議論するのはおかしいのではないでしょうか?むしろ私は、悲惨な記事をこれでもかこれでもかと伝えるより、和やかな記事も平等に伝えていくことこそ報道関係者のつとめだと思います。最近の読者は、馬鹿ではありませんから、1紙だけに影響されるようなことはないのではないでしょうか?他紙やネット等で、情報は氾濫しています。先日どこかが報道していたように、アメリカでは新聞の売り上げが激減しているらしいから、過去の歴史や栄光をかなぐり捨てた上で、具体的な方策を考えていかれたらいかがでしょうか?
※大変えらそうで申し訳ありませんでしたm(_ _)m
投稿者:北王子 2007年06月26日11時49分
(引用終了)
朝日新聞に対し過剰に期待している者、覚めた目で見ている者、色々な方がいらっしゃいますが・・・その話題にしている1面トップのキャプチャー画像がこちらです
あるあるwwwwwwwねーよwwww
つーか、これからは「日刊アサヒ芸能新聞」と改称してやっていけば問題なし




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購読フィード
>朝日はスポーツ新聞や女性週刊誌とは違うんだという
そりゃデンパの具合が随分違いますからな。
それよりこの記事の更に右側の「あいりん劇団、英へ」の方が遙かに気になる。
>「あいりん劇団、英へ」
詳しくはこちらw
http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200705240041.html
朝日に金を払い読んでる神経が判らん、大阪人もアホに成ったもんやで。
>朝日新聞のニュースを一定の価値判断基準に置いている読者の方にとっては、
ここで固まってしまいました。
>朝日新聞のニュースを一定の価値判断基準に置いている読者
まぁ、私もある意味これに当てはまるかな。朝日の中の人が想定しているような判断基準とは違うのだろうけどねw
あ、購読してないから「読者」じゃないかwww
初めて朝日擁護(っぽい)ことをちょっとだけ書きます。
朝日の政治面は国際面も含めて最低です。グループ内のテレ朝の報道部も、アサヒグラフも、捏造と自己弁護ばかりです。ただ、社会面や文化面など、他紙が決して取り上げない記事も多く、その部分だけは存在意義があると考えます。さらに、政治部でも若い記者の中には、朝日の中韓プロパガンダ化を良しとしない人もいるそうです。お題の件も、そういった内部葛藤の表れかもしれません。昔、昭和天皇崩御の際に、テレビ東京だけが臨時ニュー視ではなくてアニメの再放送を流し、多方面からかなり文句を言われたそうですが、テレ東は「横並びになる必要はない。臨時ニュースを見たければ他局を見ればいい」と言い切ったそうです。ま、事が事だけに若干不謹慎ではありますが、報道機関とはそれぐらいの気概を持っていていいのではないでしょうか。
でもやっぱりこのままでは、トータルで考えて存続するべきではない新聞と言わざるを得ないのですが。
PS アサヒ芸能は朝日新聞とは関係ないそうです。名称問題で訴訟になりかけたこともあるそうです。(友人のアサ芸記者談)
アスパラーの皆さんは気が付いてないようですが新聞にとって一番重要なのは一面トップの記事が嘘、捏造ではないということです。
真実の報道という意味においてはこの記事の存在意義があるのでしょう。
一面トップ捏造率の高い朝日ならではといえるのではないかと思います。
>PS アサヒ芸能は朝日新聞とは関係ないそうです。
うはwwwこれはとんだミステークをば
アサヒ芸能の中の人ごめんなさい
超時空漫才さん
>一面トップ捏造率の高い朝日ならでは
wwwまさしく!こりゃ、捏造じゃないわな。
管理人さん
毎日楽しい話題をありがとうございます!さ、25位までもう少し。早くリカバリーしましょう。
いや、私も長い間そう思ってましたから。友人も世間がそう捉えていると嘆いていましたww
>さ、25位までもう少し。
あにさん、応援有り難うございます。
順位が上がるのはもちろん嬉しいのですが、それよりもアクセス数が以前の水準まで順調に回復して来ているのが嬉しかったりでw
また、内容の薄いブログにもかかわらず、多くの方にコメントを頂いているのも感無量でございます。(レスがなかなか出来ません。この場を借りてお詫び致します。)