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AML 【チベット問題を、なぜ取り組まないのか!】を読んで、なぜ日本のサヨクがチベット問題で中共を非難しないのかがよく分かりました。
(以下引用)
Kensaku Kawauchi <kenkawauchi@nifty.com>
河内謙策と申します。(この情報を重複して受取った方は、失礼をお許し下さい。転送・転載は自由です。)
チベット問題が重大化しています。世界の市民が、中国政府に非難の声を挙げています。ところが、日本では、なぜかチベット問題を、多くの平和運動団体がとりあげようとしていません。全労連、日本平和委員会、憲法会議、自由法曹団、連合、全労協、原水協、原水禁、許すな!憲法改悪市民連絡会、9条の会、ピースボート、平和フォーラム、ピープルズプラン研究所、という日本の平和運動の代表的な13のサイトを見ても、現時点では、そのホームページの1頁目にチベットのチの字もありません。各団体には各団体の複雑な事情があると思いますが、これでは、日本の市民や世界の市民から、日本の平和運動団体が厳しい批判を受けることになるのではないかと憂慮されます。
今回のチベット問題の本質は、長年にわたる中国政府のチベット民族抑圧政策にありますが(あの穏健なダライラマがジェノサイドだと非難しています)、たとえその点で疑問が残るとしても、平和な集会やデモに軍隊を使って虐殺・弾圧を試みた中国政府の行動が絶対に許されないものであることは明白です。中国政府は虐殺・弾圧を否定していますが、TCHRDは虐殺の写真の公開に踏み切りました(http://www.tchrd.org/press/2008/pr20080318c.html ただし、目を背けたくなる写真が多いので御注意ください。)。これを見れば、中国政府の言い分の破綻は明らかです。
私たちの望む平和は、単に戦争がないということではないはずです。自由・人権と平和は一体のものだ、という平和運動の原点からみれば、平和運動団体がチベット問題を取り組むのは当然ではないでしょうか。もし平和運動団体がチベット問題に取り組まなければ、平和運動団体が、いくら憲法9条が重要だといっても、その運動は平和運動団体の利益のためになされているにすぎないということで、多くの市民の信頼と共感を失うことになるでしょう。また、世界の市民からは、日本の平和運動は、きわめてエゴイスティックな運動として指弾されるでしょう。
今回の問題が多くの平和運動団体にとって厄介なのは、問題を起こしたのがアメリカ政府ではなく、中国政府だということでしょう。しかし、たとえ中国であってもアメリカであっても、平和と自由・人権を脅かすものには毅然と立ち向かうことが原則なのではないでしょうか。もしアメリカに対しては厳しく、中国に対しては甘く、という態度を日本の平和運動がとれば、それは、平和運動を特定のイデオロギー運動に変えるものであり、日本の(!)平和運動の自殺行為です。
私は、日本の平和運動を心から愛する者として、あえて日本の平和運動の現状に苦言を呈したいのです。失礼の段、平にお許し下さい。河内謙策拝
とほほ <tohoho@t-t-japan.com>
amlの皆さんこんにちは とほほです。
in article "[AML 18703] チベット問題を、なぜ取り組まないのか!"
"Kensaku Kawauchi" wrote:
> チベット問題が重大化しています。世界の市民が、中国政府に非難の声を挙げてい
>ます。ところが、日本では、なぜかチベット問題を、多くの平和運動団体がとりあげ
>ようとしていません。全労連、日本平和委員会、憲法会議、自由法曹団、連合、全労
>協、原水協、原水禁、許すな!憲法改悪市民連絡会、9条の会、ピースボート、平和
>フォーラム、ピープルズプラン研究所、という日本の平和運動の代表的な13のサイト
>を見ても、現時点では、そのホームページの1頁目にチベットのチの字もありませ
>ん。各団体には各団体の複雑な事情があると思いますが、これでは、日本の市民や世
>界の市民から、日本の平和運動団体が厳しい批判を受けることになるのではないかと
>憂慮されます。簡単な話ですよ。
チベット問題を初めとした民族紛争問題はロシアや中東アフリカを初めとして重大な人権侵害問題として存在してます。が、しかしチベットに関しては信頼できる情報はアムネスティーの報告だけです。
その内容に関しては未知な部分が多い、あいまいな情報では重大な人権侵害が進行していると言う情報もありますが根拠がまるで不安定です。情報によってはダライラマと言う宗教国家復活を目指す勢力の扇動であるとの情報もあります。言っておきますが宗教国家は決して民主国家でも民族自決国家でもないのですよ、タリバン政権を見ていた人々には良くわかることです。
だからと言って放置するわけには行かないだろう、と言う主張には説得力がありますが日本の平和運動が中国の内政問題ともとれる状況であるとすればに安易に介入できないのはソ連邦崩壊・ベルリンの壁崩壊以降、中華人民共和国が日本国政府の仮想敵国になっているからです。仮想敵国であるだけにチベット問題が戦争をしたい勢力に利用されていることもまた現実なのです。
日本政府が中国を仮想として扱っている限り日本の平和運動がチベット問題に慎重になるのは仕方のないことであり、日本国内にはチベット問題に負けず劣らず重大な人権問題が民族問題が山積しているからです。
チベット問題を日本の平和運動が取り上げるには、もっと多くの確実な情報が必要です。チベットの民族自決問題としてチベットに同情的な論調ではありますが、チベットは元々は宗教拷問国家チベット政府自体がチベット民族を抑圧していたとする見方もできます、下手な介入はアメリカの独りよがりな人権主義・民主主義によるタリバン台頭やその他もろもろの混乱を引き起こす必要さえあります。
日本政府がチベット問題について真相を解明し国連活動の中で解決を目指すような形で介入していくしかないです。そしてそれを日本の平和団体とか他者に求めること自体がおかしな話です。チベットに問題性を感じる方はアムネスティーの活動に協力し、そして確実な情報を国内配信するようにその方々が取り組んでいくべきでしょう。
日本の平和運動がチベット問題に介入するためにやるべきことは日本政府にまずは中国に対する仮想敵国扱いをやめさせること、そして自らが行った中国大陸に対する想像を絶する規模の人権侵害について真摯に対応させることができた後の話です。
しかし、天安門や先だってのデモ弾圧脱北者弾圧と言ったはっきりとした人権侵害の事実を確認できた場合には日本の平和運動は堂々と中国政府を批判してますよ。
とほほ <tohoho@t-t-japan.com>
amlの皆さんこんにちは とほほです。
in article "[AML 18705] Re: チベット問題を、なぜ取り組まないのか!"
とほほ wrote:
>> チベット問題が重大化しています。世界の市民が、中国政府に非難の声を挙げてい
>>ます。ところが、日本では、なぜかチベット問題を、多くの平和運動団体がとりあげ
>>ようとしていません。平和運動の第一義的な目的は戦争紛争の発生を回避することである。民族自決、チベットの正当な権利を無責任に主張することもよいだろう。
しかし平和運動が忘れてはならないことがある、ソ連邦崩壊は西側民主主義の平和的勝利として声高に歓喜の声で迎えられ、我々は確かに平和の達成を実感したように感じた。
が、しかしその後のソ連邦内の数々の民族紛争により流された多くの血は西側民主主義の驕り昂ぶりを徹底的に露呈させ我々の平和が砂上の楼閣に過ぎなかったことをまざまざと見せ付けられた。民族自決、国境新設は必ずしも平和にはつながらないのだ。我々は無責任にチベットの独立民族自決を煽ることもできるだろ
う、がしかしそのことにより流されるであろう大量の血に対しても河内氏は責任をもてるのであろうか?中国当局による人権抑圧は確かに非難せねばならない、しかし今回の暴動にしても一部宗教集団のデモ隊が暴徒化したことが原因であるとすれば、暴動の鎮圧は中国の正当な治安活動に過ぎないのである、そうではないと言うのであれば根拠を示すべきである。
こうしたデモ弾圧は日本国内ではもっと確実な情報の上に行われているのである法政大学デモ弾圧は明らかな当局によるわなである、その証拠映像は私は未だに抑えているし、この弾圧事件は決して終了していないのである。平和運動の目的は平和の達成が第一義である、やるべきことが異なるのである。
JAWAY <h-ito@mars.dti.ne.jp>
At 11:28 PM +0900 08.3.19, とほほ wrote:
>amlの皆さんこんにちは とほほです。
>in article "[AML 18705] Re: チベット問題を、なぜ取り組まないのか!"
>とほほ wrote:
>>> チベット問題が重大化しています。世界の市民が、中国政府に非難の声を挙げてい
>>>ます。ところが、日本では、なぜかチベット問題を、多くの平和運動団体がとりあげ
>>>ようとしていません。
>平和運動の第一義的な目的は戦争紛争の発生を回避することである。民族自決、
>チベットの正当な権利を無責任に主張することもよいだろう。
>しかし平和運動が忘れてはならないことがある、ソ連邦崩壊は西側民主主義の平
>和的勝利として声高に歓喜の声で迎えられ、我々は確かに平和の達成を実感した
>ように感じた。
>が、しかしその後のソ連邦内の数々の民族紛争により流された多くの血は西側民
>主主義の驕り昂ぶりを徹底的に露呈させ我々の平和が砂上の楼閣に過ぎなかった
>ことをまざまざと見せ付けられた。民族自決、国境新設は必ずしも平和にはつな
>がらないのだ。これって民族自決の問題と言うよりも、資源紛争の犠牲だと思うんですけど。
>我々は無責任にチベットの独立民族自決を煽ることもできるだろ
>う、がしかしそのことにより流されるであろう大量の血に対しても河内氏は責任
>をもてるのであろうか?では、とほほさんは中国のチベタン弾圧に責任を持つと言う事ですね。
>中国当局による人権抑圧は確かに非難せねばならない、しかし今回の暴動にして
>も一部宗教集団のデモ隊が暴徒化したことが原因であるとすれば、暴動の鎮圧は
>中国の正当な治安活動に過ぎないのである、そうではないと言うのであれば根拠
>を示すべきである。アムネスティーよりも中国の「大本営発表」に信を置くって事ですね。
>こうしたデモ弾圧は日本国内ではもっと確実な情報の上に行われているのである
>法政大学デモ弾圧は明らかな当局によるわなである、その証拠映像は私は未だに
>抑えているし、この弾圧事件は決して終了していないのである。平和運動の目的
>は平和の達成が第一義である、やるべきことが異なるのである。平和と言うのは単純に「紛争による死人の数が少ない」と言う事ですか?
Tetz <saddhaa@gmail.com>
(転載禁止)
ためにする「議論」は止めてください。
中国政府は、チベットでのデモとその弾圧の真相究明に関する独立した国際調査団の受け入れを拒否しています。
また現在も厳しい報道管制や情報統制を行い、チベット人が一方的に暴力を振るっているとのプロパガンダを撒き散らしているのも中国政府です。
アムネスティが信頼できるとおっしゃるのなら以下をご覧ください。Amnesty International, UN scrutiny of Tibet crisis required, 17 March
2008.
http://www.amnesty.org/en/news-and-updates/news/un-scrutiny-tibet-crisis-required-20080317AI, Tension in Tibet as police raid homes, 18 March 2008.
http://www.amnesty.org/en/news-and-updates/feature-stories/tension-tibet-police-raid-homes-20080318チベット人による運動の諸形態のいずれかを支持するかどうかと*、平和的な運動への国家権力による暴力的な弾圧を批判するかどうかは別のことです。
しかし、そのような「超」基本原則まで確認しなければならないほど、amlの議論のレベルというのは地に墜ちてしまったのでしょうか。* ダライラマ第14世法王はチベット独立を主張していません。またそれに対する批判もあります。
右翼勢力がチベット問題を利用して反中国感情を煽っているのは周知の事実です。しかし、かれらが日本国内のチベット支援運動を代表しているわけでは決してありません。攝津さんが[AML 18699] で紹介された呼びかけはその一例です。
ともかく「右翼がやってるから」チベットでの過酷な人権侵害について何も言わないことにしている団体や個人があるのなら論外でしょう。しかしそんな判断を示しているところが果たしてあるんですか? たぶん問題は別のところにあるはずです。すなわち、国外で起きていることが「日本語では」それほど情報として伝わってきていないという点にです。
日本の植民地主義を批判的に捉えた上で、あえて国外の問題について取り組む運動はいくつもあります。そういう動きに対して「とにかく日本のことが先だから国外のことは二の次」というのは狭隘な発想です。
今回のように当局が厳戒態勢を敷いている状況下では、投石やデモどころか、ビラを持っていたり、反政府的な会話をすることだけでも自らの身の安全が危険にさらされます。また証拠写真1枚を持ち出すのでも相当のリスクがある。
捕まれば投獄・拷問され、下手をすれば命を落とすかもしれません。もし日本国内での弾圧を問題にするのなら、そうした状況が現在国外で起きているという情報に接した際に、それを座視してよいという話にはならないと思います。
箱田徹
とほほ <tohoho@t-t-japan.com>
amlの皆さんこんにちは とほほです。
in article "[AML 18709] Re: チベット問題を、なぜ取り組まないのか!"
Tetz wrote:
> ためにする「議論」は止めてください。おっしゃっている意味がわかりません。議論とは何かの「為」にする議論です。
私は中国当局のデモ弾圧政策は明確に批判しているしこれは日本の平和運動も同じです。簡単に言いましょう、中国の弾圧政策を批判するのであればすればよい、他の平和団体がそれをやらない、と批判するのはおかしい、平和運動には平和運動の一義的な目的がありそれぞれの団体ごとにやるべきことが違う、日本の平和団体が中国当局の弾圧政策を批判するためにはまずやるべきことがある、と言う主張をしているのです。
あなたの言う「ためにする議論」と言うのは、私が何のために議論をしていると言うのですか?逃げず答えなさい。
私の議論をより詳しく知りたいのであれば私のホームページに論文を掲載してます、それを読んで反論しなさい。
http://t-t-japan.com/tohoho/talk/gyougi.htm
YAMAKAWA Kazuki <sakana@ma.mctv.ne.jp>
WikiPedia より
> チベットは、古代から独立国家であったが、清による支配を受け、清の滅亡後、再び独立国家となるが1950年に中国人民解放軍による侵攻を受け、チベットは軍事制圧された。その際中国人民解放軍は、夥しい規模の破壊とともに、チベット族の大量虐殺を行った。その後チベット自治区が設置された。
>
> 1955年 - 1959年に「中華人民共和国政府による併合」に抗議するチベット動乱が勃発し、武力弾圧の結果、十数万人のチベット難民が発生した。チベット亡命政府のもと、異議申し立てが行われている。「民族主義は平和には必ずしも結びつかない」というのは、正しい命題です。
しかし、その逆、「民族主義はつねに平和を脅かす」というのは真ではありません。一般的な命題は、何も言わないのとほぼ同じです。
諸条件を明らかにした上で、個々具体的に考えなければ、何も言えません。
同様に「宗教国家は必ずしも平和的でない」というのは真実ですが、その逆「宗教国家はつねに平和に反する」というのは真ではありません。
たとえばブータンはきわめて平和な国家です。たぶんチベットもそうでしょう。
一般的命題を提示して、あたかも話者が真理の側にあることを印象づけようとするのは「ディベート」のアンフェアなトリックです。チベットに関しては、歴史的に見ても、実態から見ても、中国の植民地にされており、チベット人に対する差別や弾圧は相当ひどいと見るべきです。
ダライ・ラマは sincere な人です。(彼の話を何度か読んだり聞いたことがあります)。
彼は心からチベットを想っており、理想の独立よりも、中国内での自治を求めてきました。しかし、中国政府は、事実に反するプロパガンダを流し続けています。求心力のある彼が怖いのでしょう。あるいは事実が露見することが怖いのでしょう。日本でチベット支援運動が不活発なのは、知らないことが原因でしょう。
情報がなければ、心ある人も動きようがない。かつて日本で東チモールの独立闘争支援が活発だったでしょうか?
また、中国自身に敵対するワケではないが、中国からはそうレッテルを貼られてしまうことが、日本人を動きにくくしていると思います。
さらに、ダライ・ラマが独立闘争路線を取っていないことも、支援の「受け皿がない」情況を作っており、これも一因です。
国際世論を大きくすることがこれまでのできうる支援活動だったと私は思います。「ためにする議論」とは、「役に立たない」議論チュウの議論のことです。自分の掲示板で勝手にやってください。
とほほ <tohoho@t-t-japan.com>
amlの皆さんこんにちは とほほです。
in article "[AML 18711] Re: チベット問題を、なぜ取り組まないのか!"
YAMAKAWA Kazuki wrote:
> チベットに関しては、歴史的に見ても、実態から見ても、中国の
>植民地にされており、チベット人に対する差別や弾圧は相当ひどいと
>見るべきです。全く根拠が薄弱です。「見るべきです」と言う主張はなんら根拠を示しておりません。中国が他国を植民地化している、と主張される事実も根拠がありません。
植民地とは何かと言う定義の上に行ってください。
とほほ <tohoho@t-t-japan.com>
amlの皆さんこんにちは とほほです。
in article "[AML 18711] Re: チベット問題を、なぜ取り組まないのか!"
YAMAKAWA Kazuki wrote:
> 日本でチベット支援運動が不活発なのは、知らないことが原因でしょう。
> 情報がなければ、心ある人も動きようがない。かつて日本で東チモールの
>独立闘争支援が活発だったでしょうか?<略>
> 「ためにする議論」とは、「役に立たない」議論チュウの議論のこと
>です。自分の掲示板で勝手にやってください。他者の議論の根幹を「役に立たないと」決め付けて論点を避けようとする人間の議論のほど無責任なものはない。そもそも「なぜ日本の平和運動はチベット問題に無関心なのか?」と投げかけられた命題に対する答えである、答えを提示すれば「ためにする議論」等とその議論の本質を見つめようとはしない。愚かな人間たちである。再度主張しておこう。
平和運動の一義的目的は戦争紛争の回避であり、国家的独立運動や民主化への支援は二次的なものとならなくてはならない、なぜなら我々の考える独立や民族自決は必ずしも「平和とはつながらない」からである。その逆は真にならない、などとは当然の議論であり、一義的な平和の上で二義的な国家のあり方を模索していかねばならないのである。
その為に提示しているのがソ連邦崩壊後に流された大量の血に対する西側民主主義の自問自答である、と言う主張をしているのである。
議論の論点を見失っている「なぜ、日本の平和運動はチベット問題に無関心なのか」と言う命題に対して答えているのである。この命題にはある種のわなが隠れている「チベット問題とは何のことか?」と言うことである、チベット民衆のデモに対する過剰な死者を出すほどの弾圧に対してであれば批判すべきであり、批判も行われている、しかしにも拘らず「日本の平和運動は無関心」と言う主張が行われると言うことは、命題を出したものの意図の中には「過剰なデモ鎮圧」のことではないチベット問題を示唆しているのである。
そのチベットの独立であるとか、たとえに引かれた東ティモールの独立運動であるとかに対する支援が平和運動の仕事なのだろうか?と言うことに対しては我々は十分に慎重であらねばならない、と言う主張をしているのである。無責任に「民族自決」のスローガンによるだけで国境を新設することが果たして平和運動であるのか・今一度考えねばならないと言う主張をしているのである。
タリバン時代にタリバンの人権侵害が盛んに訴えられ国連もタリバン攻撃を支持した。確かにタリバンの人権侵害は放置しておけるものでもなかったし徹底的に批判するべきものでもあった、が、その支援として戦争を行わせたのである、その結果のアフガニスタンの現状を見よ、と言う主張をしているのである。無責任に独立であるとか抑圧政権打倒支援を叫ぶことが平和運動の一義的な仕事か現実の大量の血の前で考えよ、と言う主張がなされているのである。
同様の論理は北朝鮮・朝鮮民主主義人民共和国にも言えることなのである。「敵対や制裁を乗り越えて」我々は人権の回復や平和の達成を目指さねばならないのである。
植民地後の欧米流の勝手な国民国家策定の線引きがあまたの流血を招いた事実は元よりソ連邦崩壊の例を引いて、そこまで平和運動が介入するのであればこれらの流血に対しても平和運動は責任を持たねばならないと言う主張をしているのである。
YAMAKAWA Kazuki <sakana@ma.mctv.ne.jp>
姑息なディベート術のひとつに主旨ではなく、細部の不完全をあげつらい主旨に疑念を抱かせるというのがあります。
これも「印象づけ」と原理的には同じ手法です。
選挙キャンペーンではよく使われますが、これが効いてしまうことは人間がまだ論理的に成熟していないことの表れでしょう。WikiPediaの引用を彼はワザワザ消していますが、これも卑劣な手法です。
なぜなら、これを示せば、Wikiの記事がマチガイか根拠薄弱であることの証明責任が彼にかぶってくるからです。こういう卑劣な議論チュウは消えて欲しいものです。
アメリカインディアンが発効している少数民族の情報誌 AkwesasneNotes (もう10数年前で今もあるかどうかは知らない)の記事とかが私の情報源ですが、チベットについて書かれた本やネット情報でもあさればいろいろ出てくるでしょう。
今後とほほ氏にはいっさい返答しませんのであしからず。
とほほ <tohoho@t-t-japan.com>
amlの皆さんこんにちは とほほです。
in article "[AML 18717] Re: チベット問題を、なぜ取り組まないのか!"
YAMAKAWA Kazuki wrote:
>WikiPediaの引用を彼はワザワザ消していますが、これも卑劣な
>手法です。おかしな話です(^^;
WikiPediaと言うのは監修者のいる百貨辞典ではありません、記事をどの程度参考するかどうかと言うのは各人の判断ですがWikiPediaへの評価をしないことも正当なものです。WikiPediaと言うのはだれでも編集でいるのですよ。特に私が参加する歴史修正主義に反する運動体に関連する記事では正に我々の仲間とアホウヨ勢力の編集合戦なんです。アホウヨがWikiPediaに書いたでたらめを根気よく地道に正しいものに書き直していく人々がいるのが私の参加する史実を守る会の仲間立ちなのです。
情報というのを信用するとかしないとか言うレベルで扱っているうちは、インターネット上で論客として活動するにはまだまだ未熟と言われても仕方がないですよ(^.^)
Yabuta Tohru <ynntx@ybb.ne.jp>
河内謙策 さん ばっかじゃないの。 藪田です
あなたが関与している「平和への結集 市民の風」のホームページを見ても、チベットのチの字もありません。
よその、市民団体をとやかく言う前に、自分の関与している「平和への結集 市民の風」に、じゃじゃーんとチベット問題書けばいいではないですか。
まったく、自分のことは棚に上げて、言えるひとなんだ。それに、NHKをはじめニュースをはじめ各メディアでは、チベット問題は、三浦事件よりガンガンながれていますって。
kglams0001 <kglams0001@yahoo.co.jp>
tomです。
人にはそれぞれの問題意識の違いがありますし、取り組みにさくことのできる時間・労力が異なります。ある事柄に取り組んでる人間が、それと共通する問題にも同じように取り組むべきという主張は、非常に傲慢ではないでしょうか。
平和運動をしている人はチベット問題に取り組むべき、というのであれば、同じように、原爆症認定基準の問題に取り組むべきだ、戦後補償の問題に取り組むべきだ、シベリア抑留者の問題に取り組むべきだ、東京大空襲訴訟の支援をすべきだ、辺野古の支援に向かうべきだ、、、テロ特措法の問題に、アフガン戦争の問題に、イラク戦争の問題に、と無限に広がります。
河内弁護士は、上記の問題すべてに全力で取り組まれているのでしょうか。そうであれば、チベット問題にも取り組め、というのもわかりますが、実際のところどうなのでしょうか?
麻衣 <mai_puremind@yahoo.co.jp>
Kensaku Kawauchi さん
> チベット問題が重大化しています。世界の市民が、中国政府に非難の声を挙げてい
> ます。ところが、日本では、なぜかチベット問題を、多くの平和運動団体がとりあげ
> ようとしていません。全労連、日本平和委員会、憲法会議、自由法曹団、連合、全労
> 協、原水協、原水禁、許すな!憲法改悪市民連絡会、9条の会、ピースボート、平和
> フォーラム、ピープルズプラン研究所、という日本の平和運動の代表的な13のサイト
> を見ても、現時点では、そのホームページの1頁目にチベットのチの字もありませ
> ん。各団体には各団体の複雑な事情があると思いますが、これでは、日本の市民や世
> 界の市民から、日本の平和運動団体が厳しい批判を受けることになるのではないかと
> 憂慮されます。多くの平和団体が9条を守るのは、過去に日本が中国や朝鮮の人々に対して行った 残虐な行為の反省に基づいて行っている運動です。
今、中国に対して抗議を行うとやっぱり日本人は本当に反省していないと言われるのがオチでしょう。
試しに9条を守る活動をしているさまざまな市民団体を見てください。
チベットに関して言及しているグループがありますか??私たち日本人は、反省こそすれ中国に対して文句を言うべき立場にありません。
チベットと中国の問題に関しては当事者ではないからです。
過去に大日本帝国が行った侵略行為に対する「責任」を私たちは十分に果たしていると言えるでしょうか?
都合がいい時だけ善人面をするのは簡単ですがそれでは進歩がありません。
他国をとやかく言うのはまず自分たち自身が責務と義務を果たしてからではないのでしょうか?
bara <harumi-s@mars.dti.ne.jp>
> 多くの平和団体が9条を守るのは、過去に日本が中国や朝鮮の人々に対して
> 行った 残虐な行為の反省に基づいて行っている運動です。
> 今、中国に対して抗議を行うとやっぱり日本人は本当に反省していないと
> 言われるのがオチでしょう。
> 試しに9条を守る活動をしているさまざまな市民団体を見てください。
> チベットに関して言及しているグループがありますか??
>
> 私たち日本人は、反省こそすれ中国に対して文句を言うべき立場にありません。
> チベットと中国の問題に関しては当事者ではないからです。そんなアホな!!
絶句するしかないのですが、あえて言わせていただけば、このような論理展開しかできず、想像力も欠落した御方の投稿は、今後「ごみ箱」行きにします。
そのような過去をもつ国家=日本だからこそ、中国政府・党に「文句」を「言うべき立場」なのだと、まともな日本人なら考えるでしょう。
kglams0001 <kglams0001@yahoo.co.jp>
tomです。
> そのような過去をもつ国家=日本だからこそ、中国政府・党に
> 「文句」を「言うべき立場」なのだと、まともな日本人なら
> 考えるでしょう。とのことですが、どうやら僕は「まともな日本人」ではないようです。
日本はかつて中国を侵略し、多くの市民を殺傷してきました。それに対する賠償はきちんとなされていない、というのが国際社会の認識です。それは、国連の人権委員会やILOが何度も日本に対して「慰安婦」や強制連行・強制労働の被害者に対する救済を勧告していることからもうかがわれます。
また、日中共同声明以後に発生した被害(遺棄化学兵器によるもの)に対しても、日本は日中共同声明を根拠に、賠償を拒否しています。
つまり日本は、「過去」に対する反省をきちんと態度で示してはいません。そんな国に、「人権侵害をするな」といったところで、「オマエが言うな」といわれるのがオチでしょう。
少なくとも他国の問題に口を出す前に、きちんと自国の問題を解決すべきだろうと僕は考えます。
ということで、僕は、bara氏によれば、「まともな日本人」ではないということになりそうです。
ちなみに僕は、「まともな日本人」という言い回しに「絶句」しましたけど。
JAWAY <h-ito@mars.dti.ne.jp>
At 6:44 PM +0900 08.3.23, 麻衣 wrote:
—
>試しに9条を守る活動をしているさまざまな市民団体を見てください。
>チベットに関して言及しているグループがありますか??それは人命よりもドグマの方が重要だと考えているからでしょう。
bara <harumi-s@mars.dti.ne.jp>
> ということで、僕は、bara氏によれば、「まともな日本人」ではないというこ
> とになりそうです。
>
> ちなみに僕は、「まともな日本人」という言い回しに「絶句」しましたけど。麻衣さんの
「日本人」は「中国」に「文句」を「言える立場にない」投稿に対する感想を述べたまでです。
あなたも私も、否応なく「日本人」でしょう。たぶん。お気に触ったらごめんなさい、としか、もうしあげられませんが。
(引用終了)
マルキストからすると、宗教なんてものは人民を縛る拷問具にしか見えないんでしょう。
共産主義自体が宗教のくせに。
まあ、今回のとほほ氏は八面六臂の大活躍でした。
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読んでいて反吐が出る思い。これに尽きます。
本当に、とほほですな(苦笑)
言い訳だけは饒舌な人たちw
なんか沢山釣れてるしwww
左巻きは是々非々の議論ができないんだ。
語る方向が決まっているのだ。
http://vision.ameba.jp/watch.do?movie=194079
参照
何という、斜め上の議論www
日本の平和団体がダメな理由がよく判りますね
詭弁の見本市やぁw
連中から「ネット右翼」と定義される身的には「どちらも逝ってよし!」の一言ですな┐(´ー`)┌
結局の所、どちらも民衆の大義が全くない自己チュー「独裁主義者」で有る事を
改めて自ら暴露した形ですな<*`∀´>ウェーッ!!ハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \
何れにせよ、間違っても日本国内民衆を領導できる存在では決して無いことを
自ら暴露したようなもんですな┐(´ー`)┌
日本列島住民の知性をナメ切ってます(^_^メ)(^_^メ)(^_^メ)
こういうのを「踏み絵」っていうんだろうな
「アホ」「バカ」通り越して「キ・チ・○・イ」にしか見えない
中共の信奉者にしか見えない
チベットの民を無視しきれるこんな輩は
何も主張すべきではない。
せめてやすらかに一タヒね。
んわあっぁああああ~・・・・・
何だコイツラ、理解できねぇ!!!
ヽ(`Д´)ノ
反吐でまくりですねぇ。
うぅ~ん。とほほ~い。
読み終わって
「んっ!
逝ってよしッ!」
ブラックホールまでッ!
と、おもいました。
・・・ねぇ~『とほほ』さん
ブサヨよ、うぬはそこまで人の心を捨てられるのか···(byフドウ)
なんだこりゃーーーっ。
結局彼らはお互いの文章の中の一言をあげつらってはそれを批判して
全く実のない議論を展開しているだけではないか・・・w
このとほほさんはよっぽど中国様が好きなんですねぇ。
9条は平和のために存在しているのを中国に対する反省のために
と言い切っている辺りが爆笑でした。
まじキモい。
あんな腐りきった価値のない国なんて滅びてしまえばいいのに。
「立場の違いを超えて、共にチベット人の命を助ける為に戦おう」という声が、左右どちらからも出ないんですね。その替わりに罵倒の応酬。
ため息が出るなあ…。