2008/5/26 月曜日

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▼日本人の大半が「支那(シナ)」「部落」を差別語だと信じ込まされている

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Filed under: 部落, AML, シナ(中国) — ftkst @ 23:35:24

AMLより長文を転載しますが、非常にタメになる投稿なので最初から最後まで読んだ方が良いと思います。

 

AML【言葉狩りの誤り(1)】より

 

(以下転載)

 

菩提です。

ikeda kayokoなる人物の【件名:[AML 19495] 日本はいつから中国人留学生の乱暴狼藉を容認するようになったのか?】における「支那人」という言葉遣いを、石垣敏夫(motoei)さんは批判し、AMLにおいてこのような「差別語」を許容すべきではないと、ML管理者に対処を要求しました。

正確にいえば、石垣さんは「支那人」という言葉遣いを「言論の自由を逸脱している人権侵害」、「外国人を蔑視した言葉の使用」と考え、こんな言葉は「許されない」と主張しました。

これに対して正木俊行さんは、そのような要求を管理者にするのは「お門違い」であり、「そのような状態を改善すべきなのは、参加している我々自身だと思います」とたしなめました。

また、tomさんは
> 差別的表現というのは、マナーの問題であって、ルールにすべきではあり
> ません。
と、これまた石垣さんをたしなめました。

正木さんやtomさんの冷静な判断はまことにもっともであり、歓迎すべきことです。

ikeda kayokoなる人物の[AML 19495] の内容は、取るに足りない感情論でしかないので、その内容の是非を論じるつもりはありません。ここでは、批判されている「支那人」という言葉遣いに限って取り上げます。

私がまず問題にしたいのは、石垣さんのような「言葉狩り」ともいうべき左翼・反体制陣営によく見られる「宿痾」についてです。

現在、新聞紙上から「部落」という言葉が消えてしまいました。しかし、「部落」とは本当に「差別語」なのでしょうか?

現在でもいくつかの地方の村では、ごく普通に「うちの部落」という言葉が使われています。村の運動会では「部落対抗リレー」というプログラムもあります。

ところが、これが地方紙に出る時は「集落対抗リレー」に変わってしまいます。部落の当事者たちが「うちの部落が優勝したのは10年ぶりだよ」と話しても、新聞紙上では「集落」と書き換えられます。当事者は「集落」などという実感も馴染みもない言葉を使っていないにもかかわらず。

なぜでしょうか?

新聞社が「部落」を「差別語」だと誤認しているからです。

これは、かつて部落解放同盟(以下、解同と略す)が「特殊部落」という差別語の使用を糾弾したため、マスコミが「部落」という無色透明な一般語まで自己規制してしまったせいです。解同は、「部落」という言葉を一切使うな、とまでは言っていません。「部落」は村落内の小さな単位をさす昔からの言葉なのですから、今も生きて使われています。「部落」自体に差別的意味はありません。

ところが、新聞社やテレビ局などが、すべての「部落」使用をタブーとし、腫れ物に触るような扱いをした結果、「部落」が消えて(消されて)しまい、あたかも「部落」そのものが差別語であるかのように錯覚する人々が輩出してきたのです。

その言葉を使用禁止にすることで、「人権」は侵害されず守られる、またそれは「人道上」正しいことだ、という《誤った認識》が広がってしまいました。それを他人に強要する勘違いした「正義漢」まで現れる始末です。

しかし、それは明らかに間違いです。

「穢多」「四つ」「特殊部落」は確かに差別語ですが、「部落」そのものは差別語ではなく、まして人権侵害などを意味しません。

それと同じく、「チャンコロ」は差別語ですが、「支那人」は差別語ではありません。むろん人権侵害でもありません。

私は、こうした異常なほど神経質な言葉狩りは、日本左翼運動の宿痾であり、左翼運動の退廃であると考えています。

こうした言葉狩りが、国民の間に、左翼に対する嫌悪感と猜疑心を生んでいることに、なぜ気がつかないのでしょうか。

こんな言葉狩りをする人がもし権力を握れば、かつてのソ連や現在の中華人民共和国(以下、中共と略す)と同じく、差別や国家反逆罪を理由に言葉狩りと思想表現の自由を弾圧することは目に見えているではありませんか。
左翼運動家が第1に反省すべきは、この点です。

言葉狩りの感性が、権力と結びつけば、容易に思想弾圧に転化することは歴史が示しています。現在の中共ではインターネットでさえコントロール対象となっており、不穏な発言は、削除さらには逮捕につながります。

国民の嫌悪感と猜疑心が拭い去れない所以です。

かつて左翼運動が盛んな時代には「言葉狩り」や「日の丸・君が代」反対運動などは、闘争テーマにも上がりませんでした。闘うべきもっと大きな課題があり、それを支持する国民大衆の運動エネルギーを吸収できたからです。運動がジリ貧になってきて初めて、それら重箱の隅をつつくような貧弱な闘争テーマに、左翼組織の「保身」をかけて取り組むようになったに過ぎません。いかにも官僚組織と似ています。

これでは国民的な共感が得られないのも当然でしょう。

私は先日、革共同中核派の最高幹部のひとりと会ったとき、この点を批判しました。私は中核派ではありませんでしたが、彼は昔なじみの運動仲間でした。かつて中核派は反日共系左翼の中では最大規模を誇る組織でしたが、闘争テーマの矮小化は組織力と運動エネルギーの衰退を象徴して余りあるものです。ふだん面と向かってこんな批判を受けたことのない彼は、困惑しながら、いつもと違って切れの悪い理屈で弁解しましたが、私には説得力のない言葉でした。

言葉狩りというものが誤りであることは、ソ連や中共という「反面教師」を見ればよく分かります。立場が変われば、それは強権による言論弾圧そのものだからです。

それはスターリン主義の特徴といってもよいでしょうが、もっと広く独裁主義・全体主義に付きものの感性といってもよいでしょう。

かつて筒井康隆が断筆宣言をしたり、吉本隆明が柄谷行人や浅田彰を批判したりというのも、「言葉狩りの感性」に対する反発からでした。

私は欧米の自由主義・民主主義国で「言葉狩り」(日本で行われているような意味での言葉狩り)的な批判や運動を、寡聞にして聞いたことがありません。「politically correct」という推奨すべき表現の選択肢はあるものの、汚い表現や差別的表現を禁止・弾圧するような批判はないと思います。
(唯一ドイツのナチズム関連の表現禁止規定を除きます。この点でドイツは強権によって表現の自由を弾圧しているわけですから、批判されなければなりません)一般に、特定集団に対する差別語は「使うな」と言われるのではなく、使用者が軽蔑されるだけです。

「使うな」と言えば言論弾圧につながることは論理の必然だからでしょう。
それは魔女狩りや宗教裁判(言葉狩り裁判)、イデオロギー的言論弾圧という暗黒の歴史を持つ西洋の知識人の痛切な反省に基づく思想態度だと思います。少なくとも自由主義者・民主主義者なら、そう認識するのが当然だと考えられます。

日本の一部左翼運動家はこの点で認識不足です。自らの運動のお粗末さを反省しなければ未来はありません。

以上が、私が強調したい第1の問題点です。

次に第2点。「支那」や「支那人」が差別語ではないことについて。これは「言論の自由を逸脱した人権侵害」でも「外国人を蔑視した言葉」でもありません。この点でも、日本の左翼運動家は勉強不足です。

(第2点については別投稿とします)

 

(転載終了)

 

 

AML【言葉狩りの誤り(2)】より

 

(以下転載)

 

第2点。「支那」や「支那人」が差別語ではないことについて。この言葉は「言論の自由を逸脱した人権侵害」でも「外国人を蔑視した言葉」でもありません。

ここでは、まず用語の定義をしておきます。

(1)現在の中華人民共和国(中共)から、チベット・ウイグル・内蒙古・満洲を除いた地域を、ここでは「支那」と称します。(台湾は含みません)
したがって「支那人」はチベット人・ウイグル人・モンゴル人・満洲人を含まない概念で、ほぼ漢民族に近い概念ですが、独立国家を持ったことのない一部少数民族も含みますので、漢民族よりは広い概念といえます。

(2)空間的概念としての「支那」「支那大陸」はほぼ同じものですが、文脈によっては、後者は前者よりやや広い地域を指すことがあります。

(3)中共とは、1949年に中国共産党とその専属軍(人民解放軍)が軍事的に制圧して成立した国家、およびその後に植民地化した地域を含めて指します。
つまり、チベット・ウイグル・内蒙古・満洲を含む現在の中華人民共和国です。

(4)支那大陸には通時的な(歴史を一貫した)「国名」はありません。秦・漢・隋・唐・宋・元・明・清・中華民国・中共などは、その時々の「王朝名」であって、通時的な国名ではありません。支配者(集団)が変われば王朝名は変わります。したがって、支那大陸に成立した諸王朝を通時的に一括して呼ぶとき、欧米が China等と呼ぶのに倣って、ここでも「支那」と呼びます。つまり、支那大陸に生起した諸王朝の総称を「支那」と呼ぶことにするわけです。これは通時的概念、汎称としての「支那」です。この意味での「支那」は時代によって版図が変わります。

 

さて、石垣さんは

> この文書中、中国人に対し「支那人」という言葉が使用されています。
> 現在「支那」という国家は存在していません。

と述べています。確かに「支那」という国家は存在していませんが、また「中国」という国家も存在していません。

「中国」は略称だという意見もありますが、それは「中華人民共和国」の略称なのでしょうか、それとも「中華民国」の略称なのでしょうか。いかにも不正確だし不都合です。略称と強弁するのは無理でしょう。

では、「中国」の真相はどこにあるのでしょうか?

以下、順を追って述べます。

 

(A)「中国」とは、もともと固有名詞ではなく、自分の国を誇って言う美称、もしくは尊称です。それは「世界の中央に位置する国」という、ごく一般的な普通名詞です。

もともと支那大陸では中原に覇を唱えた国が、自国を誉め称えて「中国」と自称しましたが、その本名は「秦」であったり「漢」であったりした訳です。「中国」はあくまでも美称・尊称であって固有名詞ではありませんでした。

だから日本でも「中国」という美称が用いられました。「豊葦原の中つ国」は言うまでもなく中国という意味の美称ですし、漢語の「中国」で意味したものは、日本では「日本国の美称」「国の中央部分」「天子の都の所在地」「山陽道の総称」などであり、それらの意味で適宜用いられました。

『日本書紀』でも「中国」を日本の意味で用いていますし『太平記』でも同様です。江戸初期の儒学者・山鹿素行の『中朝事実』に言う「中国」や「中朝」も、日本や日本朝廷を意味しています。「中朝」といっても「中国と日本」という意味ではなく「中国(=日本)の朝廷」という意味です。

このように、「中国」とは「自国を誇る美称」なのです。

これはインドでも同様です。仏教経典に頻出する「マディヤデーシャmadhya-desa」とはインドにおける「中国」です。それは支那の中原(中国)と同じく、インドのガンジス河中流域を指す重要な概念でした。また、そこからインド(天竺)そのものをも指しました。

重要なことは、支那人自身が「madhya-desa」を「中国」と漢訳していることです。漢訳仏典において「中国」といえばほぼ99%が「インド」または「インド中央部」を意味しています。

 

(B)では、支那人は「中国(=インド)」に対して自国を何と呼んだのでしょうか?

一つは「王朝名」(唐・宋など)で呼ぶか、またはサンスクリット語「cina」(チーナ=秦に由来)に基づいて「支那」「脂那」「至那」等の通時的呼称が用いられました。これらは「cina」の漢訳語です。また「cina-sthana」(チーナ・スターナ=秦土に由来)の漢訳語として「震旦」も使われました。
漢訳仏典における頻出度をみれば「震旦」と「支那」が圧倒的に多いことが分かります。

つまり「支那」は「支那人自身が好んで使った自国の通時的呼称(汎称)」と言えます。

仏典の漢訳は、ほぼ2000年前に始まりましたから、支那人による「支那」という自称も、それに近い、長い歴史を背負っているわけです。

 

(B)日本では、弘法大師空海が『性霊集』で「支那の台岳は曼殊の盧なり」と書き、これが「支那」の初出です(平安時代9世紀前半)。意味は「支那の五台山は文殊菩薩の庵である」ということ。もちろん、何も悪い意味がないことは一目瞭然です。五台山は太古からそこに存在するわけですから「唐の五台山」というよりは通時的に「支那の五台山」といった方が相応しいでしょう。また前後の文脈から「インドではなく支那の」という語感も込められています。

空海は唐の恵果阿闍梨に師事し、数千人の支那人僧侶を差し置いて、唯一、密教の秘伝を授けられ、胎蔵曼荼羅・金剛界曼荼羅その他の法具を贈られた最高の弟子です。密教の法統を伝えるべき唯一の正統な後継者と指名された人ですから、支那や支那人を悪く言うはずがありません。

「支那」という言葉は、こうして日本仏教界でも使われ始めました。支那においても日本においても、仏教界で「中国」といえば「インド」のことを指していたわけですから「支那」の使用は当然でした。

※だから、仏教学・インド学では戦後もずっと「支那仏教」という言葉が使われてきました。中村元などの著書もそうです。「中国仏教」という言葉は紛らわしいからです。(しかし近年、出版社の自己規制によって「支那仏教」が「中国仏教」に書き換えられています。愚かな措置です)

空海の後も、『今昔物語集』(12世紀前半)その他の書物などで「支那」は使われました。

※広辞苑や、その他の大型国語辞典でも、「支那」は江戸中期から使われ始めた言葉だと記してありますが不正確です。上に記したように初出は空海ですし、その後も使われています。国語辞典編纂者は仏典や古典に関する知識が不十分なのでしょうか。Wikipediaも同様。過信するのは禁物です。

 

(C)仏教界以外の日本社会では、支那大陸の諸王朝に対する汎称として「漢」(から)、「唐・唐土」(もろこし)等が用いられ、漢文・漢籍・唐人などの言葉にその名残がありますが、江戸中期になると、学者たちが汎称として「支那」を使うようになりました。もちろん、そこに差別的ニュアンスはありません。儒学者などは支那を尊敬していたわけですから。

 

(D)明治以降の近代化に伴い、漢・唐などの「王朝名」と、通時的・地理的呼称(汎称)とを明確に分けるべきだという考えが定着し、後者を「支那」とすることが一般化しました。これは江戸時代からの流れを受けた上で、さらに西洋の学問を通じて入ってきたChina, Chineseという英米語の訳語としても「支那」「支那人」が適合していたからでもあります。

その流れを受けて「漢文学」が「支那文学」に変わったことなどは顕著な例といえます。当然「支那仏教」はこれ以後、完全に定着しました。

「支那」も「China」も、語源はインドの「Cina」に、さらに遡れば漢語の「秦」にあったわけですから、「支那」と「China」がピッタリ適合していたのは当然のことです。

日清戦争後には、日本の明治維新と近代化に学ぼうとする清国の留学生が多数来日しましたが、彼らは自国を「中国」と呼ぶことをはばかり、自ら「支那人」と称しました。日本での支那の汎称を自ら採用したわけです。
英仏独に侵略され、日本との戦争に負けた清国が「中国(=世界の中心国)」だとは恥ずかしくて言えなかったのでしょう。

また、それだけでなく、積極的な意味もありました。満洲人の支配する清王朝を倒し、漢民族の国家を再興したい、という民族主義も台頭していたからです。「清国人」と自称するより「支那人」と自称した方が民族主義的な機運に適合していたからです。すなわち、その意味で「支那」および「支那人」は、満洲人の清王朝を打倒したい漢民族にとって相応しい自称だったわけです。このように日清戦争での敗北は、清国に流動化と近代化の渦を引き起こしていました。

 

(E)この時期、日本に亡命した梁啓超は、明治の日本で作られた和製漢語(西欧語の訳語)を精力的に母国に紹介し、また新しい思想を紹介しました。
日本で作られた漢語は、哲学・思想・政治・経済・科学・技術・制度などの分野で多岐にわたりますが、支那に逆輸出された漢語は複合語を含めると10万語を超えるとも言われており、現代北京語は和製漢語なしには成り立たないほどです。当時、支那ではほとんど忘れられていた「支那」の語も逆輸出され、一部知識人学生の民族意識の覚醒に利用されました。孫文の片腕だった戴季陶は非常に流暢な日本語を操る支那人でしたが、自国民向けに日本を絶賛する日本論を書いて「日本を見習え」と自国民の覚醒を促しました。彼も日本語の文章では「支那」を使っています。

日本の国家主義的右翼の玄洋社、黒龍会などは、支那革命をめざす孫文を物心両面で支援し、頭山満、内田良平、北一輝などが活躍したことはよく知られています。北一輝には『支那革命外史』という著書があります。彼は宋教仁と親しく、ともに銃弾をくぐった仲です。宋が暗殺された時は、真犯人は孫文だと主張して支那から追放されますが、帰国後、北を頼って亡命来日する革命家が多く、なかでも暗殺された譚弐式(譚人鳳の息子)の遺児を引き取り、大輝と名づけ、自分の子として育てたほどですから、彼ら右翼が使う「支那」に侮蔑的な意味は全くありませんでした。

それに先立ち、北一輝は東京で孫文らにより結成された「中国革命同盟会」に入党していますから、支那人が自国を「中国」と名乗ることには抵抗を感じていなかったわけです。当事者が自国を美称で呼ぶ分にはなんら問題はなかったのです。しかし、北自身は「支那」を常用しています。孫文も自国を「支那」と書いた例がありますし、魯迅も「支那」を使っています。

「支那」に侮蔑的な語感があったとしたら、誇り高い支那人たちがそれを使うでしょうか。日本語を十分に理解していた戴季陶や魯迅が使っている事実は、それを否定しています。戴季陶の日本語による演説は日本人以上だと高く評価されていたほどで、彼は日本語の小説を書くほど日本語には堪能だったのです。

以上の例を見れば、「支那」に差別的・侮蔑的なニュアンスがあったとは到底いえません。

 

(F)しかし、日清戦争で支那に勝って以降、日本人が支那人を見下すようになり「支那」という言葉に侮蔑的な意味が加わったという意見が根強くあります。

東本高志さんが[AML 19681]で引用している『人民日報』の記事:

> 「日本の社会が「支那」という言葉を使って中国を軽蔑の意味を込めて称し
> 始めたのは、中日甲午戦争で清が敗れた時からである」
> 「そのときから、「支那」という言葉は日本では戦敗者に対する戦勝者の軽
> 蔑的感情と心理を帯びたものになり、中性的な言葉からさげすむ意味合いの
> 言葉に逐次変わっていった。

も、そうした意見のひとつですが、事実を調べれば、そうした解釈が何の根拠もないことは、上記 (E)の多くの事例から明らかです。

当時の日本人がいかに支那の近代化に協力し、支那革命を支援したか、という事実をまったく伏せて、「勝者が敗者を見下した」という、もっともらしい理由を付けて、「支那」という言葉に侮蔑的な語感が生じたというコジツケをしているに過ぎません。

これは、どうしても日本には「支那」を使わせまいとする中共の権力者の意志に仕える屁理屈(事実に反したコジツケ)でしかありません。すなわち、上のような日清戦争での勝利が「支那」を侮蔑語にしたという俗耳に入りやすい解釈は、まったく根拠がないのです。

 

(G)すると、今度は「支那事変(日中戦争)以降、『支那』に侮蔑的・差別的な意味が加わった」とする意見が出てきます。

しかし実は、これも当たっていません。もし「支那」にそのような語感が伴っていたとしたら、日本の体制を転覆しようと活動していた共産主義者やアナキストらの左翼運動家は、「支那」という語を忌避したはずです。
彼らはコミンテルンを介して、支那の共産主義者と同志として連携していたからです。支那にあるコミンテルンの極東支部から資金援助まで受けていましたから、資金提供者を失礼な差別語で呼ぶわけがありません。

ところが実際には、彼らも「支那」を使っていたのです。それは「支那」に差別的な意味合いがなかったことを証明しています。その具体例は沢山ありますが、まず支那事変以前の例から引けば、大杉栄が『労働運動』に書いた「日本の運命」の中に「日本は今、シベリアから、朝鮮から、支那から、刻一刻分裂を迫られてゐる」という文章があります。その他、多数。大杉栄は当時、支那のコミンテルン支部から資金援助を受けていました。
しかし、当時は右翼も左翼も「支那」を使うのが当然だったのです。それは無色透明な一般的な呼称に過ぎなかったからです。

のちに、ゾルゲ事件でコミンテルンのスパイとして逮捕された尾崎秀実が支那事変後に書いた本のタイトルは『現代支那論』(1939年)でした。この本の中には「支那」が掃いて捨てるほど出てきます。もちろん「支那」に差別的な意味はありません。「中国共産党」は党の固有名詞ですからそのまま「中国共産党」と書かれています。これはまさに戦時中の文章です。

日本の社会主義・共産主義運動に草創期から参画していた正真正銘の左翼で日本共産党(=コミンテルン日本支部)の創立メンバーだった荒畑寒村が、戦後の1946年、自分の経歴(左翼運動歴)を記した『寒村自伝』(後年大幅に増補された『寒村自伝』の初版)を出版しましたが、同書の中でもごく普通に「支那」という呼称が出てきます。例えば「在留支那人と日本人の妻との哀別離苦、または故国に帰る支那人の父親と出征する日本人の息子との、義理と人情との相剋煩悶」といった具合です。

荒畑寒村は戦時中、投獄されても転向しなかった左翼で、戦時中の大多数の日本人とは違って、ソ連や中国共産党にシンパシーを持っていた人ですから、もし「支那」に差別的・侮蔑的ニュアンスがあったのなら、戦後に執筆した著書でわざわざ差別的表現を使うわけがありません。彼は日本の社会主義化のために国会議員にまでなったのです。その荒畑が「支那」と書いているのですから、その言葉には差別的・侮蔑的な語感などなかった、といって間違いありません。ただし後年、増補したり、1975年に岩波文庫に収録されるにあたって「外国の人名や地名を修正した」そうですから、文庫版には「支那」と「中国」が混在しています。

また、片山潜の親密な同志かつ日本共産党の創立メンバーの1人であり、上海のコミンテルン支部との連絡役を務めた近藤栄蔵が、やはり敗戦後に出した本『コムミンテルンの密使』は、特高警察から追われる心配がなくなった時代(1949年)の出版物ですが、この中でも「支那人」がごく普通に使われています。もちろん、党名である「中国共産党」だけは固有名詞ですからそのまま使われていますが、それ以外は「支那」です。この本は、過去の(草創期の)日本共産党の秘密行動と自分自身の失策を告白した本ですが、戦後の共産主義者にエールを送る本でもあります。

つまり、戦前も戦中も戦後も、とくに同志たる中華人民共和国の成立時期(1949年)でも、左翼が依然として「支那」を使っていたのです。「支那」に差別的な語感がなかった証左です。その他いくらでも事例はありますが、もう十分でしょう。

この時期がすでに1946年の外務省の「『支那』使用禁止」通達以後であることに注意すべきです。これらは当然GHQの言論検閲下での出版でした。
ということは、GHQも左翼も「支那」という語を絶対に禁止すべき呼称だとは考えていなかったことを明瞭に示しています。なぜなら、それは、「戦勝国」に対する「蔑称」ではなかったからです。

 

(H)「いや、戦時中には『膺懲支那』という標語があって、日本人は明らかに支那を蔑視していた」という人もいます。

では、「鬼畜米英」なる標語があったからといって「米英」が侮蔑語かというと、そうではありません。「鬼畜」が冠されても「米英」が侮蔑語でないように、「膺懲」(ようちょう=うちこらしめる)が付いても「支那」そのものは侮蔑語ではありません。要するに、こうした意見は、為にする口実でしかありません。

「支那」が侮蔑語・差別語・蔑称でなかったことは以上で明白でしょう。

 

(I)では、なぜ戦後、時間が経つにつれて「支那」が「中国」へと変わっていったのでしょうか? 「支那」に差別的語感がなかったにもかかわらず、です。

その理由は明白です。蒋介石の中華民国が「戦勝国」として、GHQ占領下の日本政府に「支那という呼称を使うな」と要求してきたからです。

当時、GHQは「大東亜戦争」という呼称を禁止し「太平洋戦争」に変更させました。これは米国の洗脳政策の一環でした。蒋介石はそのどさくさに紛れて「支那」を禁止し、「中国」または「中華」と呼ばせました。

つまり、敗者(日本)は、勝者(支那)より下の身分であることを示せ、という命令です。もちろん中華思想によるものですが、これは米国という「虎」の威を借る狐、のやり方でした。

日本政府はやむをえず1946年の外務省次官・局長通達で、公文書や新聞で「支那」を使うことを禁止しました。その中に「理屈抜きにして先方の嫌がる文字を使はぬ様に」との言葉が書かれています。つまりこれは「理屈ぬき」の命令だったのです。

「先方の嫌がる文字」というのは、実はウソで、支那で生まれ育った支那人の多くは「支那」という言葉そのものをほとんど見たことがないのです。
だから、それを嫌がるわけがない。「卑弥呼」や「東夷・西戎・北狄・南蛮」のような《卑字》が使われているわけではないので、文字面から侮蔑感が生じるわけもありません。何より、古代において支那人自身が「自称」として漢訳した言葉ですから、侮蔑的語感を伴うはずがありません。

では、在日の支那人はどうだったのでしょう? 「支那」からどんな印象を受けたのでしょうか?

終戦直後の在留支那人によって書かれた文章は見つかりませんので、ここでは私自身が知っている支那人の回想を紹介します。

以下は、昭和20年頃に日本で生まれ育った庚(こう)氏の話です。彼の両親は戦前からの在日支那人。庚氏自身はほぼ完璧なバイリンガルです。彼のように両国語を理解する人でないと、差別のニュアンスまでは分からないでしょう。

庚氏がまだ小学校高学年だった昭和32年頃、日本人の同級生から「庚クン、君は支那人って言われたら腹が立つの?」と質問された時、彼はこう答えたそうです。

「別に。日本人は日本人、支那人は支那人だろ? 親父は家では中国人と言うけど、外では支那人と言ってるよ」と。

当時はまだ、日本人も支那人も、大人たちの日常会話の中では「支那」が生きて使用されていたことが分かります。戦勝国民なのに、庚氏の父親は「支那人」を侮蔑的な言葉だとは認識していなかったようです。私自身も身近な大人たちがよく「支那」という言葉を使っていたことを鮮明に記憶しています。支那人を誉める場合も、です。

それから数十年後の最近、庚氏は同窓会で再会した同じ同級生から「最近は皆、支那人って言わなくなったねぇ。日本人は日本人、支那人は支那人、なのにね」と、昔を回想しながら同意を求められました。

しかし、庚氏はこう答えたのです。

「最近はオレも支那人と言われるのが嫌なんだよ。例えば、以前は同級生から『庚クン』と呼ばれても平気だった。お互いにクン付けだったからね。だが、やがて皆がオレを『ご主人様』と呼ぶようになったとしよう。オレは相変わらず皆をクン付けで呼んでいるとする。それが何十年も続いた。ところが、同級生の中に1人だけ『庚クン』と呼ぶヤツがいると、オレはそいつに見下げられたようで嫌な気分になる。『中国人』と『支那人』の語感の違いは、そんな感じだよ」と。

つまり、「中国人」=「ご主人様」で、「支那人」=「対等なクン付け」という語感の違いを感じる、というのです。

(庚氏の比喩にしたがえば)蒋介石は、支那人を「ご主人様」と呼ぶように日本人に強制したわけです。しかも「理屈ぬきの命令」で。

それに従わない日本人がいると「中国人を差別している」と非難します。
「こちらの嫌がる呼び方をするのは差別だ」という屁理屈です。まったく奇妙な、ヤクザの因縁のような屁理屈です。

 

(J)ところが支那におもねって、そんな屁理屈を支援する人々がいました。
共産党・社会党をはじめとする左翼運動家たちです。(マスコミは日本が独立を回復した後でも「支那」の使用を自己規制し続けていましたから、一般人も次第に「支那」を使わなくなりました)

そうした一部日本人たちが「『支那』は差別語だ」と言い始めたのです。

マスコミが「支那」を使わなかったり放送禁止用語にしていたりすることで、次第に「差別語だ」という《誤った認識》が広がるようになりました。ちょうど「部落」を使わなくなったのと似ています。

繰り返しますが、「特殊部落」は差別語ですが「部落」は差別語ではありません。同様に「チャンコロ」は差別語ですが「支那」は差別語ではありません。差別語というのはまったくの《誤認》です。

「使われる場面によっては差別的ニュアンスが加わる」などという反論も予想されますが、それはあらゆる言葉に適用できる理屈であって、そんな反論は無意味です。どんな言葉でも使われる場面によっては差別的に利用することができます。どんな場面でも「善意だけを示す言葉」なんて人間社会には存在しません。

例えば、スターリン独裁下のソ連では、「スターリン万歳」という言葉は誰が聞いても「良い言葉」でしたが、それすら「スターリン否定」の表現に利用されました。

ある演説会で、登壇者がスターリンを称賛する演説を始めたところ、聴衆は猛烈な勢いで「スターリン万歳!」を叫び始め、会場は万歳の嵐となりました。演説などまったく聞こえません。演説家はすごすごと降壇せざるを得ませんでした。

「使われる場面によって差別的ニュアンスが加わる」から「支那」を使うな、というなら、すべての言葉を使うな、ということになります。愚かな主張です。

さて、話を戻しましょう。

その後、日本に留学などで来た支那人たちに、日本人がわざわざ「支那という言葉は、日本では差別語なんですよ」と吹き込みました。そんなことは、日本語のニュアンスの分からない留学生は、もともと知りません。日本人から教えられなければ分からないのです。一度教えられたら、彼らは「支那人」という言葉に反発するようになります。

まさしく「虚構の差別語」です。

留学生たちは帰国後、「日本では『支那』は差別語だ」と吹聴します。

すでに1946年の外務省通達は失効しているにもかかわらず、いまだに支那を「ご主人様」と呼び続けるのは、マスコミに巣くう無知な「正義漢」と支那におもねる左翼運動家の「理屈ぬきの」愚行のせいです。

「部落」が差別語でないのと同様、「支那」も差別語ではなかったのに、一部運動家とマスコミが極度の「言葉狩り」と「自己規制」をしたために、その言葉を使用するのが「悪いこと」であるかのような錯覚が生じてしまったのです。

そういう状況に反発して、「支那」をあえて使う人が嫌中派や右翼に多い、というだけで、言葉自体には何も問題がないにもかかわらず、「支那」を「やはり差別語だ」と言い募り、蒋介石や中共指導部の思惑どおり「支那」を《死語》に追い込もうとしているわけです。

日本人が「支那」を使わず、「ご主人様」に等しい「中国」を使うことは、蒋介石のみならず中共の為政者にとっても都合がよいことなので、中共も「支那」の使用を「嫌う」振りをしていますが、実際には中共の一般国民には「そんなの関係ねぇ♪」ことなのです。

 

(K)現在、中共で出版されている国語辞典『漢語大詞典』の中で「支那」の項には「『秦』の音の訛りであり、古代インド、ギリシャ、ローマ、日本などが我が国を呼ぶ名である」と書いてあるそうです。差別的な語であるなどとは一言も書いてないのです。つまり、前述のように、中共国内には「支那」を差別的呼称・蔑称とする一般的な通念が《現在も》存在しないのです。

だから、中共の一般国民はそれに無関心であり、また「支那」という言葉を初めて聞いた人も、「支那のどこがいけないの?」という感想しかないのです。要するに、誰も「痛みを感じていない」わけです。

 

(L)ところが、日本で「『支那』は差別語です」と教えられた留学生たちは「支那」という言葉に我慢ならなくなって帰国します。虚構を教えられた洗脳効果です。

留学生や研究者たちは帰国後、このことを上部組織に訴えます。さらには、中共国内で最大級のポータルサイト「シナ・ネット」にも噛み付きました。

「日本人が『支那』を使う口実を与えるから『シナ・ネット』改名しろ」と要求したのです。

まったく溜め息が出るほど愚かな話です。吹き込んだ日本人も、吹き込まれて鵜呑みにした支那人も、絵に描いたような愚かさです。

もともと支那の人々は「シナ」という言葉に「何の痛みも感じていない」からこそ、「シナ・ネット」というサイトが大繁盛しているというのに、わざわざ「日本人に嘲笑されるから改名しろ」などというのはマンガ以下の愚論です。南太平洋にある「エロマンガ島」は日本人に侮辱されるから改名すべきなのでしょうか?

「シナ・ネット」の経緯を東京新聞が伝えていますので引用します。

> 東京新聞ニュース 2000年9月22日:【国際】「シナはべっ称でない」中国

> 最大級ネットが改名拒否

> 【北京21日清水美和】中国で最大規模のポータルサイト「シナ(sina)・ネット」を
> 経営する新浪網公司は二十一日、本紙の取材に対し「シナ(支那)は中国へのべっ称」
> と一部の学者などから出ていた改名要求を拒否する方針を表明した。「シナは英語の
> チャイナを語源としており、それ自体に侮辱の意味は込められていない」というのが
> 理由だ。
>
> 最近、「中国青年報」など一部新聞が、中国最大のネットが「シナ」を名乗るのは
> 国辱的だと、日本から帰国した学者などの意見を紹介する形で批判。北京大学の劉金
> 才教授は「日本が中国への侵略を開始するにつれ中国へのべっ称として使われるよう
> になった。シナは支那と発音が全く同じであり、もし日本で中国のことをシナと呼べ
> ば中国人とけんかになる」と名称の再考を促した。
>
> これに対し新浪網広報部は「シナは英語のチャイナの過去の発音。中国の英語名を
> 変える必要がありますか。シナに侮辱の意味が込められているというなら、自身の国
> 家を強大にすればいいだけの話。新浪網は将来、シナを世界のブランドにし、中国人
> が誇れる呼び名にする」と批判を一蹴(いっしゅう)。シナ・ネットにも「欧米人に
> チャイナと呼ぶのを許しながら日本人にだけシナと呼ぶのを許さないのは不公平」な
> ど同社を支持する意見が寄せられている。

新浪網「シナ・ネット」も、その支持者も、健全な判断をしています。

まさに、「支那(シナ)」がダメなら「China」その他の外国語もダメ、と主張しなければ辻褄が合いません。

日本の一部の差別論者たちの馬鹿さ加減が、健全な判断の前に恥をかいた瞬間です。中共にも良識派はいるのです。

 

(M)それでも日本では、「支那は差別語だ。人権侵害だ」と言葉狩りをする「無知な正義派」が後を絶ちません。その言葉狩りの感性が、独裁主義的・全体主義的な言論弾圧と通底していることを自覚できない人々です。

そんな人々は、ジョナサン・ローチの爪の垢でも飲んだらどうでしょうか。
ローチ(Rauch「ラウチ」とも)はユダヤ人で同性愛者。ユダヤ人としても同性愛者としても厳しい差別や迫害を受けてきた人です。

彼は著書『表現の自由を脅かすもの』の中で、人道主義者や環境至上主義者が「人を傷つけるような言葉や思想は暴力である」と考え、人道主義を他人に強要し、言葉狩りや思想狩りをすることを厳しく批判しています。
正義や人道の名においてなされる主張は、一歩間違えば、昔のような宗教裁判や魔女狩りといった全体主義的な思想統制になりかねない、というのです。まことに正当な指摘です。

彼の「ネオナチの主張も、反同性愛団体の主張も、絶対に弾圧・削除してはならない」という主張こそ、成熟した民主主義・自由主義に必要なものです。彼はユダヤ人かつ同性愛者として、自分の不倶戴天の敵であるはずのネオナチや反同性愛団体の差別的侮蔑的言辞をも弾圧したり削除したりせず、絶えず批判し合うことで、より「強靭な表現・言論の自由」を育てるべきだと言います。

「正義」や「人道」の名の下になされる一見優しい主張が、じつは「表現や思想の自由を根本から腐らせる」のです。

「チャンコロ」という立派な(?)差別語があるのに、根拠もなく「支那」を「差別語だ」と盲信し、「言葉狩り」に熱中する人々は、いったい何を目指しているのでしょうか? 根拠なく支那人を煽ったり、支那人のご機嫌取りをすることが「日中友好」に役立つとでも思っているのでしょうか?
それとも、誰かの指令なのでしょうか?

いずれにしても、その種の言葉狩りは、愚行というほかありません。

彼らは、ローチの指摘のみならず、厳しい差別と闘ってきた日本の被差別部落民による「水平社宣言」の次の一節にも耳を傾けるべきでしょう。
ここには透徹した鋭い認識があります。

いわく──
「これらの人間をいたわるかの如き運動は、かえって多くの兄弟を堕落させた」

 

それでも、なお「支那」が差別語であり「言論の自由を逸脱した人権侵害」であると主張し、使用禁止を他者に強要するのであれば、その言葉狩りの好きな人々から是非《その正当な根拠》をご教示いただきたいと思います。
私が不勉強で、知らないだけかもしれませんので。

——————————————————————-
※なお、私はふだん「中国」を使います。以上のような「支那」の正当性を、その都度いちいち説明するのは面倒ですから。ヒステリックな言葉狩り主義者のご活躍のたまものです。


菩提

 

(転載終了)


 

ホント、菩提氏のような真っ当な左翼な方々がサヨク連中を徹底的に善導して頂きたいと願います。

 

 

 


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▼「シナ」は差別用語だと誤解されている方へ
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コメント:12個

  1. NDさんより、 2008/5/27 火曜日 4:05:04

    支那或ハ震旦トモ記ス、印度ヨリ稱シタル名ニテ文物國ノ義ナリト云。舊約全書ニSinosトアルモ是ナリトゾ。或云秦ノ威胡ニ震ヒシカバ其名印度ニ傳ヘタルナリト。
    以上「言海」からの轉載です。
    もし支那が本當に差別用語であつたなら、支那竹、支那ソバ等々の言葉は存在しなかつたでせう。

  2. aqwtさんより、 2008/5/27 火曜日 7:30:06

    中華はもとより倭、倭奴、チョッパリ等々に差別だからと抗議したりした自称人権主義者
    平和主義者、教職員組合員、各労働組合員、在日、同和、他見た事無いです~

  3. tatu99さんより、 2008/5/27 火曜日 8:18:50

    あえて差別語というなら同和を差別語と感じる。
    田舎の年寄りは自分の部落にアイデンティティがある。
    共同体としての部落がある、共同作業の最小単位がゆい、農作業の相互助け合い。
    より田舎であるほど特殊部落の存在を知らないし、特殊部落の機能が必要なかったのだと思う。

    支邦を差別語と認定すれば中国も中華も差別語になるのは時間の問題、それを解決するには一切触れない話題にすらしない、首脳来日不要、国交なんてとんでもないとなってしまう。
    僕の頭の中では左翼もシンサヨクも差別語だけど、社民党も差別語だ。

  4. プロ愚民さんより、 2008/5/27 火曜日 18:39:57

    よし、これで堂々と支那竹って言える。

  5. takkyuさんより、 2008/5/28 水曜日 1:25:43

    はじめまして。
    岡林の手紙を聞いても部落の意味さえ分からなかったものです。
    部落対抗リレー、懐かしいですね~。
    言葉を狩ったところで、何にも変わらないんですけどね。
    ま、言葉狩りの好きな奴らがのさばっていると、日本語がおかしくなりそうですが。

  6. ちょっと書いてみるさんより、 2008/5/28 水曜日 11:14:03

    勉強になった~。
    「中国」ってインドの事だったんだ。弘法大師空海も『性霊集』で使ってたんだ。

    そういえば積年の謎、「部落」。
    昔、沖縄出身の知人が「部落」って(「集落」の意味で)平気で人前で使うんで、吹いちゃった事があって、関東における「大人の事情」を説明した事があった。
    で、知人曰く「へぇ~。沖縄では普通に使っているんですけどね」。

    何で沖縄はOKなんだ。私の認識では沖縄はサヨクが最も強烈な所だと思っているのだが。
    「部落差別」が無いからなのか。しかし、出版物等は全国一律ルールの筈だが。

    さらに言えば、きだみのる氏は『ニッポン気違い列島』(あ、この書名もマズイ)の中で、本土復帰以前には、沖縄では平気で「支那」と使われていると記し、本土復帰後は使用禁止になるのか、と書いている。

    沖縄って、言葉狩りが無い所だったのか?
    米国の統治だったからか?
    そして、今はどうなのか?

  7. ちょっと書いてみるさんより、 2008/5/28 水曜日 11:25:40

    勉強になるね~。
    「中国」てインドの事だったんだ。弘法大師も使ってたんだ。

    そういえば、積年の謎。
    「部落」。
    沖縄出身の知人が人前で平気で使うんで(無論「集落」の意)、大人の事情を説明した事があった。
    知人曰く「沖縄では平気で使っているんですけどねぇ」
    何故だ?沖縄には「部落差別」がないからか。
    そうだとしても、放送、出版等は全国一律ルールだと思うが。

    また、沖縄における「支那」の語。
    きだみのる氏は『ニッポン気違い列島』(あ、この書名も問題ありか)の中で、本土復帰以前は普通に「支那」と使っている事、復帰したら使えなくなるなるのだろうか、という懸念を記している。

    沖縄はサヨクが強い筈なのに、何故、言葉狩りが無かったのか?
    米国に統治されていた為、皮肉にも「自由主義」の影響を受けたのか?
    今は沖縄でも「部落」「支那」はNGワードなのか?

    沖縄の言説空間というのは結構、謎。

  8. gooさんより、 2008/5/28 水曜日 15:50:08

    kingcurtisたんのところから来ました。
    ためになりました。まともで勉強している左翼の方の文章を読んだのは本当に久しぶりです。

  9. 超時空漫才さんより、 2008/5/28 水曜日 16:25:46

    そういえば支那という呼称の発生時点ではチベットも東トルキスタンも台湾も含まない概念だったので、現在の拡大中国における「一つの中国」思想にそぐわないから支那呼称を嫌っているという話があったがどうなんだろう。

  10. ゲストさんより、 2008/7/23 水曜日 19:59:16

    中国人も「日本人」と「日本」の蔑称平気で使ってるよ?
    留学してるとわかるけど、日本人だから中国語はわからねぇだろう程度に平気で使ってたりするから
    どっちもどっちでいんじゃね?
    どっかの誰かが、どこかのどいつをどんな名称で呼ぼうが何とも思わないね。

  11. 親中派さんより、 2008/7/26 土曜日 19:04:34

    私は親中派であるが・・。
    フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
    での「支那」をよ~く読むと私の結論は
    差別用語ではありません。
    歴史的な用語です。
    大切にうまく時と場所をえらんで使えばよい。
    ここにも書いてあるが・・・。
    南シナ海は差別か? 差別という人は南チャイナ海と呼び変えたら。
    インドシナは差別か? 差別という人はインドチャイナと呼び変えたら。
    シナチクは差別か? 差別という人はチャイナチクと呼び変えたら。
    ただし個人的なイメージは
    支那そば と 言われると、
    大変申し訳ないですが、おいしそうなイメージは浮かんでこないが。

  12. 親中派さんより、 2008/7/27 日曜日 8:57:16

    親中派 補足

    親中派の意味は中国に対して親身ということであります。

    1.
    「部落」「シナ」に対してすぐ「差別用語だ」と言葉狩りすることに大反対です。
    まずはインターネットや辞書でよく調べてから言ってください。
    「うちの部落にはお寺さんはないですよ。」はどこが差別用語なのですか?
    (部落=人の住む人家のむれ、集落)
    シナを差別用語としてインドシナ戦争をインドチャイナ戦争と言ったら、
    インドと中国がなんか戦争でもしそうですね。
    たとえ一部に差別的な使い方があろうとも、その言葉の全てを追放するなよ。
    というのが私の考えです。

    2.このブログを支援します。
    決して不適切なブログではありません。私から言わすと健全なブログです。
      まずは言論の自由があります。
      「火の無いところには煙は出ない。」
      何個か記事があったら、その中には厳密に言うと真実ではないことも
      あるかも知れませんが、似たようなことがあったのだなと考えたら良いと
      思います。
      「ここでのシナ記事」は、台湾系、香港系、大陸現地系のニュースから伝わったり
      もれてきたものと考えます。(決して中央系では無いと思います)
      「火の無いところには煙は立たない」
      こういうニュースも大切にしたらよいと思います。

    3.シナ系ニュースでお願いの件
      皆様が見忘れている点です
      「今のシナ人こんなに大金持ち」というブログです。
      改革開放で一部の中国人は富裕化して超大金持ちになっています。
      それの写真とかニュースです。
      そういう人には大概の日本人は負けますよ。
      それを見ると「日本社会がいかに上下格差が無いか良い社会かが分かる」と思います。
      日本人は子供のころから「そんなことをしたら人様にご迷惑がかかる」と教育されて、
      人様には迷惑がかからないようにと行動します。遠慮して譲り合います。
      中国ではそれはないです(無理もないところはありますが)。
      収入は中国から比べるとだいたい日本ではだいたい平均化しています。
      (色々個人的には異論あるかも知れないが)一億みんな中産階級。
      中国には超貧乏なこじき階級から、超大金持ちの階級まで直ぐ身近に見れます。
      しかし超大金持ちは決して馬鹿成金ではありません。留学経験があったり、
      MBAを取得していたり、英語ペラペラだったり、ハイレベルこの上ないです。
      何回も中国に行きますが、
      この頃は日本のほうが「日本民主主義共産思考人民共和国」に見えてきてますし
      そう考えています。実はそうではないでしょうか?

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