2006/10/21 土曜日

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▼【加藤千洋】北朝鮮はけしからん【アスパラ会員】

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Filed under: 朝日 (-@∀@) — ftkst @ 13:35:48

加藤千洋の@メディア
引用⇒核開発の犠牲となる民草は


「我々はズボンをはかなくても先端兵器を作りだそう」

 


 
いったい誰のセリフだか、おわかりだろうか。核実験に踏み切ってしまった北朝鮮の国内状況を思い浮かべると、いかにも金正日将軍の発しそうなメッセージではあるが、実はそうではない。

 1960年代初め、お隣中国の外相だった陳毅の発言である。
当時の中国は59年から3年続きの自然災害に見舞われ、2000万人を超える餓死者を出すという苦境にあった。
それに加えて対外関係も難局にあった。
同じ社会主義陣営の兄貴分だったソ連との路線上の対立が決定的となり、緊張関係にあった最大の敵国・米国は64年にはトンキン湾事件を契機にベトナムに介入しようとしていた。
つまり世界の東西二つ超大国と同時に対立するという苦しい状況に追い込まれていたのである。
おまけに当時のソ連共産党第1書記フルシチョフは、米国とのデタント(緊張緩和)を志向。59年には訪米してキャンプデービッドでアイゼンハワー大統領と原子力平和利用の問題などを語り合ったりした。
こうした状況から、孤立感を深めた毛沢東中国は「先端兵器」、つまり原爆の自力開発こそ生き延びる唯一の道と考えるにいたり、冒頭のような陳毅発言に見られるような雰囲気が国中を覆うようになっていたのだ。
結果、
中国が自力開発した初の原爆実験は64年10月16日に行われ、成功した
国民がいかに飢えようとも、満足な衣服も手に入れることができないというような状況になっても、いま米国に対抗するには核を手にする意外にない――。そう考えるに至った金正日将軍の頭の中には、ひょっとして40年前の「中国経験」があったのかもしれない。
時代背景や国情は異なっても、60年代初めの中国と今回の北朝鮮の核実験強行には「国の命運を核にかける」という点で共通するものがあるように思える。
だが、多くの国民に草の根を掘らせ、木の皮をはがすような苦しい思いをさせておきながら、1発5、600億円といわれる巨費を核兵器開発に投じる金正日体制は、この一点でも統治の正当性を欠いていると私は思う。
その意味で、いま国際社会が一致して北に対して「制裁」「懲罰」の意思を突きつけるのは、きわめて重要だと思う。

(後略)



>当時の中国は59年から3年続きの自然災害に見舞われ、2000万人を超える餓死者を出すという苦境にあった

こら、こらwwwちょっwwまて。
自然災害のせいにするなよ!
貴方が隠したいのは分るが、これは大躍進運動の失敗に依るものだろう。
全く息を吐くように嘘をつきますね。


>結果、中国が自力開発した初の原爆実験は64年10月16日に行われ、成功した

何だかとっても誇らしげですなw


>だが、多くの国民に草の根を掘らせ、木の皮をはがすような苦しい思いをさせておきながら、1発5、600億円といわれる巨費を核兵器開発に投じる金正日体制は、この一点でも統治の正当性を欠いていると私は思う

中共に対しても、そう言って欲しかったよ。
ダブスタ (・A・)イクナイ!


>いま国際社会が一致して北に対して「制裁」「懲罰」の意思を突きつけるのは、きわめて重要だと思う

北朝鮮には余り愛情はないようですね。
やはり宗主国さまに問題なければ、その舎弟がどうなろうと知った事ではないと言う事か・・・。

兎に角、加藤千洋さんの中共への愛情は完全掌握完了!

 

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(何かチラチラと・・・、まっ気のせいですな)

 

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