JTBの新着旅行はこちら!▼(-@∀@) 日本は国家の安全保障に力を入れようとしてる
朝日新聞アスパラクラブaサロン 【ニュースDrag】より
(以下引用)
「もうひとつの日本」を目指して
2007年05月28日(月)更新
安倍首相のめざす「美しい日本」の国づくりが着々と行われているようです。政府の見解として、これまで行使できないとしてきた集団的自衛権に風穴をあけたうえで、憲法改正まで突き進もうというのでしょう。
たしかに、いまの日本の安全保障にとって最大の脅威は北朝鮮の存在です。北朝鮮は核実験やミサイル発射実験を強行し、日本への敵視政策を続けています。そうなると、日本も防衛力を高めたうえで、毅然とした外交で、拉致問題の解決や核放棄を迫っていくという考え方が強まるのも当然だと思います。
とはいえ、世界の状況を見ると、「米国によるイラク戦争の失敗」と「地球の資源や気候変動問題の顕在化」いう二つの世界史的な「事件」のなかで、軍事的な安全保障を見直す動きが強まっています。日本が逆方向を向いて走っているように見えるのです。
5月21日、東京大学で開かれた「21世紀 ヒューマン・セキュリティーの確立を目指して」というシンポジウムにパネリストとして参加しました。「21世紀は飢餓の世紀になる」と予測したレスター・ブラウン氏を迎えての催しで、同氏は「エネルギー資源や食料生産の限界が見えてきたなかで、食料と燃料との奪い合いがバイオ燃料で起き始め、最貧国の食糧不足など人間の安全保障への影響が心配される」と警告しました。
ブラウン氏の講演を受け、東大の吉川泰弘教授や井上真教授らを加えたパネルディスカッションで、私は「イラク戦争の失敗や地球の変化で、国家の安全保障よりも人間の安全保障が重視される時代になっているのに、日本は国家の安全保障に力を入れようとしてる」といった趣旨の発言をしました。地球環境問題のシンポでは場違いな気もしたのですが、ヒューマン・セキュリティー(人間の安全保障)が主題であれば、このことだけは言おうと思ったのです。
23日には、東京・早稲田にある藤原書店で、フランスのレギュラシオン理論という経済学派のひとりであるロベール・ボワイエ氏を囲んで、松原隆一郎・東大教授、井上泰夫・名古屋市立大学教授らとの座談会に加わりました。ボワイエ氏が米国のニューエコノミーを分析した新著(近く藤原書店から刊行)をめぐっての議論でした。
同氏の分析によると、米国のITを軸とするニューエコノミーは「革命」といわれましたが、実際は、労働力の流動化、リスクマネーを供給する金融市場のありかたなどを土台にしたシステムが機能したもので、「IT革命」とはいえない。ITの成功は米国だけでなく、北欧にも見られ、アメリカモデルが唯一の成功例ではない、というものでした。
私は、日本の経済システムを米国モデルに転換することが「改革」で、それが日本の再生につながるといった論調がはびこるなかで、デンマークやアイルランドなど競争ではなく社会的な連帯を重視する国での、「もうひとつの成功例」を示したボワイエ氏の研究を評価するとコメントしました。
ボワイエ氏は、日本が米国モデルを追求しても、中国との競争で、日中の緊張を高めるだけだとする一方で、「日本のものづくりの伝統をもってすれば、たとえば高齢者にやさしいロボットの開発など人間中心の経済が実現できる」と語っていました。本当に、その通りだと思いました。
26日には、朝日新聞のシンポジウム「討論 日本の新戦略 『地球貢献国家』をめざして」に、第2部の司会という形で参加しました。ジョセフ・ナイ・ハーバード大学教授、小林陽太郎・富士ゼロックス最高顧問らを招いての討議でしたが、私は国家の安全保障よりも人間の安全保障という文脈で活躍されてきた緒方貞子・国際協力機構(JICA)理事長やNPO法人機構ネットワークの浅岡美恵代表、アフガニスタンなどで国際的な平和構築に携わっている伊勢崎賢治・東京外大教授、いまクラスター爆弾を廃絶するための国際的な運動を進める目加田説子・中央大学教授の話が印象に残りました。
国家の安全保障を軽んじるつもりはありませんが、ポスト・イラク戦争の世界では、人間の安全保障を重視することで、地球環境を保全し、貧困をなくしていくことが大事だと思います。それがテロの温床をなくしていくことにもつながると思うのです。競争より社会連帯の経済を世界に広げるためには、日本自身も米国型の経済モデルではなく、人間中心の経済モデルを追求する必要があると思います。
「本業」以外で忙しい一週間でしたが、「もうひとつの日本」を考える上でのヒントをいくつも手に入れたような気がします。

筆者:高成田氏
以下、アスパラーたちの反応▼
家政的な努力も必要
省エネなどの言葉で代表される個人や家庭内での、環境に対する心遣いは、やはり、やめてはいけない。メタボ対策になるので買い物に徒歩、省エネで電灯をこまめに消したところで、家計への良い結果にすら繋がったようにも思えない。が、今の日本には、メタボはあるが、飢餓はない。貧困というのは、飢餓もあり、餓死もあるということだ。病気一つで誰もが貧困層になりうる。
実は昨日、両国の江戸東京博物館の「ロシア皇帝の至宝展」を観てきたが。展示物の豪華さに驚いた。不謹慎な言い方だが、貧困層に手厚い保障がなかったら、革命も起きそうに思った。不明年金の救済策はまだ不備が残っても最低限のやらねばならないことだと思う。
些細なことと思わずに、健康のためでなく、「平和」のために「省エネ」しようと思う。この発想、おかしいですか?
投稿者:ただの猫 2007年05月28日11時54分
もうひとつの日本・・・
20世紀、日本はアメリカを見習ってすざましい、経済発展の成し遂げてきましたが、1世紀は高成田論説委員が、お考えのように「人間中心の経済モデルの追求」について考える時にきていると思います。・・・おっしゃるとおりだと思います。すでに自動車など、大企業はそのモデル創造に着手しつつあるようですが、もっともっと多くの人々が、その様な考えに着手することを切望します。
デンマークやアイルランドの社会的連帯を重視する国「もうひとつの成功例」とありましたが、その内容を知りたいと思いました。
防衛力もわかりますが、いかなる国も戦争などあってはならないのです。
投稿者:mimi 2007年05月28日12時48分
環境で世界貢献だ
ただの猫さん。おっしゃる通り「省エネ」しようと思う気持ちが、今一番必要です。あまり神経質になって(強迫神経症みたいに)心が病まない程度に頑張りましょう。
前にも別のコーナーでコメントしましたが、我が家ではソーラー発電をしています。ご近所の中でも一番金の無さそうな僕が、思いっきり借金して設置しました。それを引き金に、あっちでもこっちでもソーラー発電機つけるのではないかと期待しましたが、皆さんいっこうに動きません。あまり関心が無さそうで、残念。
2004年までは日本は世界1のソーラー発電国でした。(2005年にドイツに抜かれました)クリーンエネルギーによる世界貢献を今後も維持推進すべきだと思います。こういう貢献こそが自国の安全保障にもなると思います。
お金のある方は是非ソーラー発電など検討されては如何でしょうか?環境に良い事をしているぞという何とも言えない良い気分を味わう事が出来ますよ。一括で払える方なら(規模にもよりますが)後はほとんど電気代は掛からなくなるし、発電量が多い時は、電力会社に売電も出来ます。クリーンエネルギー製造、プラス『ちょっとお金が戻ってくる』で気分も晴々。僕の場合は、『いっぱいローン払う』分がマイナス。今のところは「ちょっと環境に役立っているかも・・地球さんへの罪滅ぼしになるかも・・」というくらいの、自己満足を味わう状況です。投稿者:shin 2007年05月28日18時49分
人は社会的な存在なはずなのに
ご説ごもっとも。
国家や企業の社会的責任は果たされているのでしょうか?
嘆かわしい格差社会です。投稿者:一言居士 2007年05月28日23時38分
国家より人間の安全保障へ に賛同
高成田論説委員のお考えに賛同します。
国家より人間重視、当たり前のことなのに、軽視し続けられてきた事か。戦争がその最たるもの。私の父も26歳で戦死しました。
かのチャップリンが「大勢殺しても罪にならないのに、一人殺して裁かれる」この矛盾を映画「殺人狂時代」でいみじくも指摘している。幼くしてこの映画をみた私でも、強烈な印象を受けました。今でも戦争・紛争・テロで何十人死んだと紙面に淡々と報じられるのを読むたびに、この矛盾は未だに解決されない人間の永遠の課題なのか、と悲しくなります。
今、改憲の動きが大勢を占めつつあることに、脅威を感じています。なぜ世界に誇れる平和憲法のままではいけないというのでしょう。押し付けられたというが、英文での原案を和文に翻訳する段階で、日本の考え方を入れ込む為に頑張った人達がいたことを最近の報道で知りました。このような憲法秘話をもっともっと公開して、事実を知らせて欲しい。昔から「知らしむべからず、拠らしむべし。」と、適切な情報を一般人民に知らせず、思いのままに操作する事が、政治の常道とされている。何も北朝鮮だけの事だけではないのです。平和憲法に誇りを持ちましょう。それでも、色々な手法で、やりたい事をやるのが、時の権力者です。緩めてしまったら、その先は想像に難くない。
日本国の平和憲法を世界にアピールしましょう。投稿者:ヨリババ 2007年05月29日08時26分
侵略戦争無用だが国際警察活動必要
戦争を体験した者はもちろん、あんなものを体験しなくとも、戦争の無意味さ、惨めさは、簡単に理解できるものです。しかし、国内に犯罪者がいるように、国際社会にも犯罪を起こす人間や国家はいつの時代にもいるものでしょう。
北朝鮮による拉致も明らかに国際的な犯罪です。こんな卑劣な犯罪が起こっていても、日朝両国による話し合いで解決しろとは、国内で起こった誘拐犯と誘拐された子供の親に話し合いで解決することを薦めるようなものです。
話し合いで解決できるなら、警察官も裁判官も不要です。国家間で平和に付き合うには、バックに軍隊を侍らせて外交を進めるのではなく、あらゆる紛争をルールに基づいて判断する国際裁判も必要です。
国際ルールを取り決めるのが国際連合なら、国際警察署や国際裁判所も必要ですが、それらができるまでは自国の国民と領土を守るため、各国がそれぞれに防衛策が必要最小限、必要でしょうね。
国民の生命と財産を国家は守ってくれることが、たしか現行の日本国憲法には明記されていたはずです。しかし、北朝鮮の工作員によって日本人が日本国内で拉致され、北朝鮮に連れ去られたという事実が明らかになっても、拉致被害者の救助に日本の警察や自衛隊などはどうして立ち上がってくれないのでしょうか?投稿者:轍粋 2007年05月29日11時06分
自衛隊が立ち上がるとは
拉致被害者の救助に自衛隊が立ち上がるとは具体的には、北朝鮮相手に武力攻撃をする、即ち日本が北朝鮮と戦争をするということでしょうか。
轍粋さんは、自分で自分の言っておられることが分かってないか、正直でないかのどちらかです。拉致被害者奪還のために戦争を始める日本を国際社会は容認するでしょうか。本当に拉致被害者を取り戻したいならば、もう少し冷静な意見を望みます。投稿者:びーよらんたん 2007年05月29日14時43分
庶民にとっての安全保障
国防とか安全保障と聞くと、イコール軍事力と発想してしまう。その固定した意識を改革しようという事ですね。大賛成です。
安全保障を軍事力ばかりに頼るのは、世界を軍拡競争にするだけで、結果更に安全保障が脅かされるだけでしょう。日本の平和憲法は世界中から支持されているし、世界中の市民が自国の憲法の手本にしたいという認識で広まって来ているといいます。ここまで世界中に知れ渡って来た平和理念をぶち壊すような事になれば、これは日本人として恥ですよ。
日本人は今頃になって(世界が平和を求める気運が強くなって来ている時に)いったい何を考えているんだと、大ブーイングを受けるでしょう。戦争が起きれば、犠牲になるのは庶民です。軍人となって戦っても庶民上がりは最前線で一番先に犠牲になるのです。庶民にとっての最大の安全保障は、絶対に戦争しない事です。
国として戦争に加わらない事を『ずるい』と言う人がいますが、憲法で戦争しないと決めている国を『ずるい国』などという話は、僕は聞いた事はない。ヨリババさんのおっしゃる通り、平和憲法に誇りを持ちましょう。
日本は(世界が認める)憲法に則って平和主義を貫き、更に軍事以外の世界貢献・地球貢献を推進して世界中から必用とされる国になるのです。それが庶民にとって一番の安全保障です。非現実的夢物語でしょうか?
夢はでっかく持ちましょう。
投稿者:shin 2007年05月29日18時44分
「太陽は大きなコンセント」って、昔、有りましたね
shin様 作者を失念しましたが、昔のコピーに「太陽は大きなコンセント」と言うのがありました。私も、できれば、太陽光発電をしたいです。
日本では「ボーダーレス」の概念が分かり難く、社会的連帯と言っても、海外が主に米国になっている。連帯する相手が、米国しか眼中にないかも知れませんね。戦後生まれの外交と、戦前戦中派の外交からの「体制の転換」が、平和政策に成りうるか。私は経済学は苦手なので、ユーロになった欧州を、日本が見習う相手に選べるかどうか、全く分かりませんが。選択肢を広くするだけで、「イラク戦争」の失敗のような戦争に、つきあわされる心配は少し減ってゆくことはありませんか?投稿者:ただの猫 2007年05月30日00時03分
少なくとも工作員を救助に送り込むとか
宣戦布告をして武力攻撃をしないまでも、スパイか工作員か名称は別にして、特別に訓練された人を、拉致された日本人を救助に向かわせてもらいたいと、私か私の家族が拉致被害者になったらそう思うでしょうね。
だって、前回も書きましたが、日本国民の生命と財産を日本国家は守ってくれることが憲法に明記されているのですよ。政府は憲法を守る義務がある。
先日は、拳銃をもった男が、自分の元妻を人質に立てこもったとき、警察は自己の危険も省みず、その人質と、先に駆けつけて打たれた警官を救助に向かってくれたじゃありませんか。現に一人の若い警官が殉職されました。国内で起こった事件なら救助してくれました。国際的な犯罪は、何倍も困難が伴うと思いますが、国民の生命を守ることを仕事としている人達は、少なくともそれくらいの覚悟が必要だと思いますね。
もう戦争はごめんですが、国際犯罪に立ち向かうには、丸腰では無理でしょうね。だからといって、「話し合い」だけでは絶対無理だと思いますね。
一日千秋の思いで救助を待ち望んでいる拉致被害者のことを思うと、私にできるなら、核兵器でも腰に括り付けて乗り込み、被害者全員救助してあげたい思いです。
こんな思いに駆られますが、私は至って冷静です。投稿者:轍粋 2007年05月30日10時14分
憲法9条の改正について
憲法改正での9条について老人の考えを申し上げます、現在の自衛隊の多くの海外派遣は憲法9条の解釈で行われています、これは想定外であったと思います、自衛隊の行動は憲法上明確にすべきです、今までの戦争の多くは自衛のため正義の名で行われていました、自衛隊には軍刑法も軍事法廷もないので軍隊とは言へないと思います、9条改正は議論を重ね多くの国民の同意のうえよいものになればと思います、身近にアメリカのイラク戦失敗の教訓があります
投稿者:hat321 2007年05月30日12時14分
轍粋さん、了解です
轍粋さんが冷静なのはよく分かりました。
「私か私の家族が拉致被害者になったらそう思うでしょうね」
私もそう思うかもしれません。工作員どころか、宣戦布告をしてくれ!と思うかもしれません。
「少なくともそれくらいの覚悟が必要だと思いますね」
「私にできるなら、核兵器でも腰に括り付けて乗り込み、被害者全員救助してあげたい思いです。こんな思いに駆られますが、私は至って冷静です。」
核兵器というのは穏やかではありませんが、現実には無理であることをご承知の上での「思い」であり、政府に対してはあくまで「覚悟」を求められているものと了解しました。投稿者:びーよらんたん 2007年05月30日15時43分
拉致問題の不条理
筆者の高成田です。「国家の安全保障」に対して「人間の安全保障」を強調すると、国際政治の現実をわかっていないという意見が出てきます。「人間の安全保障みたいなきれいごとの論理で、拉致問題が解決できるのか」と迫られれば、答えに窮します。しかし、そう迫る人だって、「軍事的な解決」をやれとはいえないでしょう。
米国が90年代の前半に北朝鮮の核施設への限定爆撃を考えたときに、北朝鮮からの反撃で、「ソウルが火の海になる」可能性があり、米国人の被害(駐韓米軍人の家族)も大きいために断念したことがありました。戦争は、得られる成果とかけるコストを計算したからでなければできないし、それが「国際政治の現実」です。
拉致問題は正解のない問題であり、「ねばり強く、あめとむちを使い分けながら、対話と圧力で」といっった方針を聞いても、むなしい気がします。現に苦悩する家族の声を聞くたびに、本当に不条理だと思います。投稿者:高成田享 2007年05月30日17時13分
国家も犯罪者になることがある
拉致問題は、北朝鮮という国の犯罪だということですが、戦後、数十万人の日本人がシベリヤに抑留され強制労働させられたことも、ソビィエトロシアの国家犯罪だと思います。また、戦争中に朝鮮や中国から日本に連行され強制的に労働させた問題も同じく日本国の犯罪であると思います。つまりは、どの国も犯罪者になることがあると考えなければなりません。世界はまだ国家犯罪を取り締まることの出来る体制にはなっていません。そこで、自分の国を守るには軍事力が必要だと考える人が出てきます。また、世界覇権の野心、領土的な野心、資源獲得のための野心、国家はまだまだ、野心を抱くための組織であるようです。「美しい日本」という時、そこには国家の野心はあっても、人間の生きる営みへの関心は微塵もないように感じられます。日本国憲法は世界が戦争の惨禍を受けて、再びこのような惨禍を人々が受けないように、日本に希望を託した結果生まれたものであるはずです。しかし、国家は愛国心の名の下に野心をもつ人を指導者に選んできました。そして、未だ国の争いと安全はどの国も保証されていないのです。先ず、国家を脱却しない限り、自己防衛の問題も、地球環境防衛の問題も、ジレンマに陥るのみであると思います。地球規模で人の命を守るために、「地球貢献国家」の発想は様々なジレンマ解決のための道筋と理解しています。
投稿者:えびすさん 2007年05月30日18時14分
国民あっての国家では?
現行の日本国憲法に唱われている「主権在民」とは、日本国民あっての日本国家ではありませんか。明治憲法では国家である天皇あっての国民でしたが、戦後の憲法改正で国民が主権者になったはずです。
ですから、「人間の安全保障」が堅持されてこそ「国家の安全保障」だと思っています。
日本国内で日本人が、不正入国した外国の工作員によって拉致され、本人の意思を無視して国外に連れ去られ、何年もの間、かの国に拘束されているということは、「人間の安全保障」が壊され、同時に「国家の安全保障」も機能していなかった、ということではないでしょうか。
これは、「生命と財産が保証される」という国民の権利が守られず、政府は国民の生命を守らなければならないとする憲法に違反したことになるのではありませんか。
大気汚染による被害、中国残留孤児の帰国助勢の怠慢などといった政府の義務違反より、拉致被害者への救助遅延のほうが、何倍も重いのではありませんか。
私は憲法学者ではありませんから、はっきりしたことは申し上げられませんが、憲法改正論議で、この「主権在民」と「国民の生命と財産を守る義務」の条項だけは残してほしいと思います。投稿者:轍粋 2007年05月31日10時33分
刺激されて考えたこと,いくつか
私も高成田享さんのお考えに賛同します。
・「美しい国」という抽象的概念だけを持って,憲法を変えることを主張する政党は怠慢だと思う.憲法を変えることが目的でない以上,向かおうとしている国の姿を明確に提示して,憲法を変えることの必然性を示すべきだと思う.押しつけられた憲法である,が憲法を変える理由であるならば,この60年間,憲法を変えようとの大きな声が上がらなかった事実が,国民が憲法を受け入れた証拠になると思う.
・軍隊を持つことを決心するとことは,殺し合いを覚悟することであり,軍隊を持たないと決心することは武力のもとにおける不条理な事象の甘受を覚悟することである,と思う.どちらを選択するか.私は後者です.
・北朝鮮による拉致について,拉致は日本だけでなく,軍隊を持つ国でも実行され,その国においても解決されていないと理解しています.ですから,軍隊を持つことと拉致問題との間に強い関係はないと思います.
・あまり深く考えたことはないのですが,国際的警察活動は必要かもしれません.確か,日本国の軍隊を持たずに,国連の指揮にのみ従う軍隊を保有しようとする考えがあったように覚えています.この考えは消えてしまったのでしょうか.もし消えたのであれば,その理由を知りたいと思っています.
投稿者:yonet 2007年05月31日13時03分
国や人の存在の意味を考えたい。
日本という国家の、あるいは国民のこれからの進んでいくべき道を真剣に問うていきたいものです。いきなり憲法改正という話になっていっては大きな間違いになると思います。日本がどのように世界の中に存在していくのか、そのときの私たちはどういう姿で存在していくのか、そして一人ひとりがどのように生きていくのか、そのために政治・経済・教育・文化はどう形成しておく必要があるのかと考えを詰めていきたいものです。根源的な思想がないまま、手段である政治屋の偏った思考だけが優先されていいものではないでしょう。今回の解説にあるテーマは是非にも深く掘り下げていってもらいたいものと痛切に感じます。見識があり、そして世の中に少しでも影響力がある人はぜひ参画していっていただきたいと思います。
力の劣る私たちでも何ができるか示唆・指導していただきたいです。投稿者:TOM 2007年05月31日20時23分
(引用終了)
レスター・ブラウン氏が仰っている通り、遠くない将来に食料と燃料の激しい争奪戦は必ず起こります。
氏は最貧国の食糧不足を指摘されていますが、当然先進国といえども他人事ではありません。
特に食料自給率が40%前後の日本は国家の安全保障の一つとして対応・対策しておかないと、貧困者を筆頭に餓死者が大勢出る可能性が高いです。
日本は国家の安全保障に力を入れようとしてる
やっぱ国家の安全保障に力を入れたらヤバいッスかw?
それは宗主さまの下知ッスかwwww
「日本のものづくりの伝統をもってすれば、たとえば高齢者にやさしいロボットの開発など人間中心の経済が実現できる」
日本自身も米国型の経済モデルではなく、人間中心の経済モデルを追求する必要がある
自分は頭が悪いッスから言ってる意味が良くわからんスね
人間中心の経済モデルってなんスかw?
ぶっちゃけて言うとマルクス経済モデルのことッスかwwwwwww
ポスト・イラク戦争の世界では、人間の安全保障を重視することで、地球環境を保全し、貧困をなくしていくことが大事
「今日から人間の安全保障を重視します!」と宣言さえすれば問題解決ッスかw?
今日からお花畑君と呼んでいいッスかwwwwwwww
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こいつら、政治に文学の解釈を持ち込んでやがる。
しかも戦争行為と犯罪行為の区別がついていない奴とか、
憲法を外国に対する横断幕ぐらいにしか思ってない奴とか、
国家が個人に何をしてくれるかしか考えられん奴とか、
あーあ、
秋も冬も、ずーっとお花が咲いてるんッスか~~ww
ミサイル落ちても、お花畑のお花だけは守ってね~ってかwww
この高成田という人は、「日本人には『人間の安全保障』は無い」と言っているのですねぇ・・・
いやはや素晴らしい。
自分の家族が、他国人に拉致されたり殺されないと判らないんでしょうね。
想像力が欠如しています。まさにお花畑。
こんなのが言論人を気取っているなんて・・・日本は平和ですなぁ・・・orz
この世界は未だ主権国家の集合体として運営されているのであり、人間一人一人の安全を保障するのは国家主権なかんずく軍事力です。
勝手に世界市民になって勝手に国家主権を否定しないでな。
あと、おフランスの学者はアングロサクソンが多分お嫌いなので話半分に聞くように。
古代ギリシア系のコスモポリテース(世界市民)は山賊なんかに襲われて殺されても仕方ないって覚悟の上で生きてたんだけど、おまいらにその覚悟があるか?
クラウゼヴィッツ曰く「戦争とは他の手段をもってする政治の継続である」
軍隊、自衛権を含めた交戦権を放棄することは政治の一部を放棄するに等しい愚挙なのだ!
現に交戦権の発動なくして北朝鮮から」拉致被害者を奪還することが可能だろうか?
答えはNoだ!
高成田享をはじめとするジャーナリストには「孫子」と「戦争論」を熟読せよ!
高成田先生とその取り巻き連中は「もうひとつの日本」に移住してくれ。
そこで思う存分「人間の安全保障」を重視すれば良い。
空想の世界に巻き込まれるのはかなわん。
侵略されて、奴隷にされて、虐殺されて、それでも人間の安全保障なんでしょうか、高成田氏は。
国民が安全で文化的な生活を営める国があった上で食料・エネルギー問題なんだが。
こんな認識でも言論人を名乗れる日本て平和ですね。←その平和も9条のお陰とか言うwww
というか、その教授陣の面子を見て、「こりゃ左巻きだワイ」と思ったぞい。
アスパラーたちも、要するに「階級主義思想」や「マルクス主義史観」の呪縛から脱していないわけであって、「教団」と「信者」を感じてしまうのは気のせいでしょうかね。
高成田氏は「真実」をいくらか知っているような気がする。
若宮氏に恐れをなして歯切れの悪い言い方になっているように思える。
理由↓(以前にもご紹介しました)
ttp://www.johoyatai.com/?page=yatai&yid=50&yaid=362
確信犯ですな
これから100年第3次世界大戦が起きないと思っている人っているんだね!
ちなみに中国は起こる事を想定してるけどなw
高成田先生は、なぜ犯罪者に毅然とした態度で対応しようというのが悪なのかを伺いたい。
例えば、日本国内で人質を盾に篭城している犯罪者の存在を知ったら、どのような反応をしたらいいと考えているのでしょうか。街中で刃物を振り回している犯罪者を見て、どうしたらよいと考えているのでしょうか。普通は警察に通報して、犯罪者以上の武力と人員で制圧すると考えるでしょうが、これもいけないのでしょうか。
国際事例を国内事例と置き換えて考えれば簡単なことだと思うのですが。